NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だった街に戻る歌

前の話で選んだ選択肢ルミナの歌唱同期制限の解除手続きへ向かい、付き合わせて遅くなったことを謝る

 歌糸の申請欄を保存すると、投影面の一番下に細い表示が残った。

 関連事前相談、保存済み。

 未資格。

 その文字を見て、私は一度だけ息を吐いた。

「まずは、ルミナの歌唱同期制限の解除手続きへ行こう」

 私は言った。

「私の話に付き合わせた。遅くなった」

ルミナ『遅くなった、ですか』

 ルミナが少し首を傾ける。

 責める声ではなかった。

 ただ、私の言葉の重さを測っているようだった。

案内端末『訂正します。通常公共慰撫歌唱の復帰判定手続き自体は、すでに都市安全系で自動進行中です』

「そうなのか」

ナギサ『はい。ルミナ本人の意思確認、直近の同期ログ照合、投影柱群の状態確認、対象区域の安全判定までは並列で進んでいます』

 私は少し止まった。

「では、私が遅らせたのは何だ」

案内端末『復帰判定の確認に立ち会うことです』

ミトラ「隊長さんが行かないと街の手続きが止まる、みたいな話じゃないよ」

「それは分かった」

 私はルミナを見る。

「だが、君の歌が戻る場に立ち会うのを後回しにした。それは事実だ」

ルミナ『後回しにされたとは、思っていません』

 ルミナは静かに言った。

ルミナ『歌糸の話も、私の歌の先にあることでしたから』

「それでも、まず見届けたい」

ルミナ『はい。見届けてもらえるなら、嬉しいです』

「なら、行く」

 私は即答した。

 ナギサが投影面を畳む。

ナギサ『中央通り投影柱群の裏側に、公共慰撫運用の確認区画があります。通常歌唱の復帰判定結果はそこで確認できます』

「窓口か」

案内端末『窓口というより、運用確認区画です。一般利用者向けではありませんが、関係者立ち会いとして通行許可を出せます』

「私は関係者なのか」

案内端末『一時的に、です』

「また弱い立場だ」

ミトラ「今は全部一時的だからね」

 それでも、扉は開いた。

 私たちは再整備倉庫を出て、中央通り側へ向かった。

 秋葉原第七層の通路は、昼の色をしていた。

 上層の光を受けた透明な梁の向こうに、古い高架の影が残っている。かつて線路だったらしい構造体は、今では避難導線と配線路と記憶展示を兼ねている。壁の奥には、古い電気街の看板を模した投影が流れ、その下で部品店の小さな端末が、今も工具や基板の在庫を表示していた。

 明るい街だ。

 だが、明るいから傷がないわけではない。

 ところどころ、投影柱の光に一拍遅れる場所がある。

 人々は気にしないふりをして歩いている。実際、日常に慣れた者なら気づかない程度なのだろう。

 だが私は、戦場で崩れる前の城壁を思い出した。

 崩れていない。

 だからこそ、点検する。

 中央通りに出ると、ルミナの姿はそこにもあった。

 大きな投影広告の端に、白い輪郭の歌姫が微笑んでいる。

 映像は流れている。

 案内文も出ている。

 ただし、歌唱枠の下に小さな表示があった。

 通常公共慰撫歌唱、復帰判定中。

「映像は止まっていないのだな」

ルミナ『はい。案内投影、会話支援、低負荷慰撫表示は継続しています。止まっているのは、歌唱を都市網と投影柱群へ同期させる運用です』

「街の顔は残して、声だけ確認中ということか」

案内端末『概ね適切です』

 それは少し奇妙だった。

 人の顔だけがそこにあり、声がまだ戻っていない。

 死ではない。

 沈黙でもない。

 ただ、街が息を吸ったまま、吐くのを待っているように見えた。

 投影柱群の裏側へ回ると、華やかな通りの表情は急に薄くなった。

 床下から伸びる黒い基部。

 古い線路を思わせる金属の溝。

 透明な保守板の内側を走る光の束。

 無数の細い配線が、まるで血管のように柱から柱へつながっている。

 そこに、小さな検査区画があった。

 公共慰撫運用確認区画。

 入口の表示は堅い。

 だが、その奥には、中央通りで見たルミナの歌の影がある。

 歌姫は、芸ではない。

 この街では、都市機能なのだ。

運用端末『関係者立ち会いを確認。公共慰撫投影人格ルミナ、通常公共慰撫歌唱の復帰判定を表示します』

 壁面に結果が並んだ。

 通常公共慰撫歌唱、復帰可。

 中央通り投影柱同期、復帰可。

 第七層主要導線、復帰可。

 定時慰撫歌唱、復帰可。

 通常運用範囲、全項目復帰可。

 私はその文字を、ゆっくり読んだ。

「戻るのだな」

ルミナ『はい。いつもの範囲なら、元通りに』

 その声は静かだった。

 喜びを押し殺しているのではない。

 大きく喜ぶ前に、結果を丁寧に受け止めている声だった。

 表示の下に、別枠があった。

 標準外運用条件。

 旧部品市外縁、監視強化推奨。

 通信不安定時の臨時歌唱、要追加判定。

 高干渉時の歌唱継続、未承認。

 第三退避記録庫方面、歌唱禁止。

 私は息を吐いた。

 これなら、分かる。

 ルミナは元に戻る。

 だが、元に戻っただけでは届かない場所がある。

 歌糸は、そこへ向かうための糸だ。

ナギサ『通常運用の復帰と、標準外条件下での運用拡張は別です』

「ああ。分かった」

案内端末『今回は通常復帰判定です。返響操糸、返響視、歌糸の試験ではありません』

「触れるなということか」

案内端末『はい』

「分かった。見守る」

ミトラ「えらい」

「子供扱いするな」

ミトラ「でも今のはえらいよ」

 私は何も言い返さなかった。

 守りたいからといって、手を伸ばせばいいわけではない。

 戦場では、手を出さないことができない者から死ぬ。

 あるいは、守るはずの者を巻き込む。

運用端末『復帰確認歌唱を開始します。範囲、通常公共慰撫歌唱。対象、中央通り投影柱群および第七層主要導線。出力、通常確認値。目的、復帰判定最終照合』

 ルミナの投影が、確認区画の中央に立った。

 中央通りに映る大きな彼女とは違う、小さな作業用の投影だ。

 飾りは少ない。

 光も抑えられている。

 それでも、ルミナだった。

ルミナ『始めます』

 彼女は歌詞を持たない短い音を発した。

 声というより、街に置く最初の一滴だった。

 白い輪が、投影柱の基部からゆっくり広がる。

 床下の光が、一拍遅れて応じる。

 通りの雑音が、ほんの少しだけ整った。

 私は無意識に糸を探しかけた。

 黒があるか。

 白が乱れるか。

 赤が混ざるか。

 その瞬間、案内端末の表示が視界の端で光った。

案内端末『観測補助は禁止です』

「分かっている」

 私は拳を握り、すぐに開いた。

 見守る。

 それだけだ。

 ルミナの声は、短く、澄んでいた。

 長い歌ではない。

 だが、私が中央通りで初めて聞いたものと同じ根を持っていた。

 娯楽ではない。

 祈りに近い。

 ただし、神に捧げる祈りではない。

 ここで生きている者へ、まだここにいていいと知らせる音だ。

運用端末『復帰確認歌唱、正常』

 表示が一つずつ灯る。

 同期遅延、許容範囲内。

 侵食兆候、検出なし。

 公共人格負荷、正常。

 投影柱群応答、正常。

 通常運用、復帰可。

 最後の文字が灯った時、中央通り側の表示が切り替わった。

 復帰判定中、という小さな注記が消える。

 通常公共慰撫歌唱、運用中。

 街の息が、ようやく吐かれたように思えた。

ルミナ『戻りました』

 ルミナはそう言った。

 大きな声ではなかった。

 けれど、その声には確かな重さがあった。

「よかった」

 私は短く答えた。

 本当は、もっと言葉があるはずだった。

 だが、うまく出てこない。

 勝利でもない。

 奇跡でもない。

 当然戻るべきものが、正しい手順で戻った。

 それだけだ。

 それだけなのに、胸の奥が少し熱かった。

「すまない」

ルミナ『また謝るのですか』

「これは、違う謝罪だ」

ミトラ「謝罪にも種類あるんだ」

「ある」

 私はルミナを見た。

「君の通常の歌が戻ることを、先に喜ぶべきだった。私は先の糸ばかり見ていた」

ルミナ『先の糸を見てくれていたのだと思います』

「それでも、今日の歌も大事だ」

ルミナ『はい』

 ルミナは頷いた。

ルミナ『今日はまず、ここで歌えます』

 中央通りの方から、短い音が返ってきた。

 検査用ではない。

 通常運用に戻った、ルミナの歌のごく短い始まり。

 通りを歩く人々の何人かが、自然に顔を上げる。

 立ち止まる者もいれば、そのまま歩きながら少しだけ表情を緩める者もいる。

 誰も、大事件のようには騒がない。

 街に歌があることを、当たり前のように受け取っている。

 それが、この街にとってのルミナなのだ。

 特別で、けれど日常。

 守られるべきもので、同時に、街を守っているもの。

ナギサ『通常復帰は完了です。歌糸に関する事前相談は、別件として継続します』

「ここまでは戻った」

案内端末『はい』

「なら、歌糸はこの先だな」

ナギサ『はい。通常運用では届かない場所、不安定で歌唱許可が出ない場所、そのための追加保証です』

ルミナ『いつもの場所で歌えることと、必要な場所へ行けることは、違いますから』

「ああ」

 私は中央通りを見る。

 歌は戻った。

 通常運用は元通りだ。

 だが、旧部品市外縁はまだ監視強化推奨。

 第三退避記録庫方面は歌唱禁止。

 安全な道だけを歩くなら、それでいい。

 だが、歌が必要になるのは、たぶん安全な場所だけではない。

「次は、もっと遠くでも安心して歌えるようにする」

ルミナ『はい。でも今日は、ここからで』

 ルミナの声が、中央通りの光に重なる。

 私は頷いた。

 今日の歌は戻った。

 その先へ歌を運ぶ糸は、まだこれからだ。

この話の選択肢

  1. ルミナが本来の歌を届けている間に、ひと足先に休んでこれからのことを整理する正史
  2. 中央通りに戻ったルミナの通常歌唱を、街の人々と一緒にもう少し聞く
  3. 通常復帰ログから、歌糸が必要になる条件を洗い出す
  4. ルミナに、通常復帰した今、次にどこへ歌を届けたいか聞く