NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だった広く歌うための糸

前の話で選んだ選択肢歌糸の事前相談項目を詳しく読み、ルミナ本人の同意条件を確認する

 歌糸の事前相談項目は、申請書式の一番下に小さく追加された。

 正確には、追加されたというより、別の箱が生えた。

 保全協力者候補登録。

 関連事前相談。

 公共慰撫投影人格の歌唱状態観測に関する同意条件。

 長い。

 長いが、長いということは、それだけ間に置く壁が多いということでもある。

 ナギサが投影面を広げると、最初に二つの欄が並んだ。

 ルミナ側。

 クオ側。

 ルミナ側の欄には、仮入力可能、と表示されている。

 私の側には、未資格、と出ていた。

「未資格」

案内端末『現在のクオは、保護付き仮登録者です。公共慰撫投影人格の歌唱状態観測に関与する資格はありません』

「ルミナの同意があってもか」

ルミナ『私としては、歌糸を拒む理由はありません』

 ルミナは一度、言葉を選んだ。

ルミナ『信頼もあります。ですが、それを書くだけでは、申請にはなりません』

 ミトラが紙コップを両手で持ったまま、少しだけ目を伏せた。

ミトラ「ルミナ、それもだいぶ踏み込んだ言い方だけどね」

ルミナ『分かっています。だから、慎重に言っています』

「足りないのは、私の立場か」

ナギサ『はい』

 分かりやすい。

 ルミナの側に扉があっても、私の側に道がない。

 私は投影面の空欄を見た。

 歌糸。

 それは、通常の歌唱検査とは別の欄に置かれている。

 当然だ。

 安全な場所で、通常の手順に従って歌うだけなら、既存の仕組みがある。

 だが、私が考えているのはそこではない。

 中央通りの投影柱は乱れた。

 旧部品市には通信遅延が出た。

 食堂でも認証遅延が起きた。

 大きな戦場ではない。だが、この街はすでに、通信不良になる程度には攻撃を受けている。

 歌が必要になる場所ほど、安全とは限らない。

 避難した者がいる場所。

 通信が揺らぐ場所。

 侵食波形が混ざる場所。

 誰かが不安で声を失っている場所。

 そういう場所へ歌を届けるなら、歌の状態を見る糸が要る。

ナギサ『目的欄を開きます』

 投影面に、未入力の欄が現れた。

 私はそこへ、すぐには言葉を入れなかった。

 目的を誤れば、隊は違う丘へ向かう。

 違う丘へ向かった隊は、帰ってこない。

「危ない場所で無理に歌わせるためではない」

 私は言った。

「危ないなら止めるためだ。揺らぐなら浅く戻すためだ。黒が混ざるなら切る。白く保てるなら届ける。その判断を、ルミナだけにも、機械だけにも背負わせない。そのための歌糸だ」

 少しの間、誰も喋らなかった。

 ルミナは、静かにこちらを見ている。

 その表情は照れではなく、確認に近かった。

ルミナ『広く歌うために、止まれるようにする』

「ああ」

ルミナ『その言い方なら、分かります』

ナギサ『目的として整理します』

 ナギサが投影面に文字を入れる。

ナギサ『公共慰撫歌唱の運用範囲拡張時における、低深度・片方向・短時間・記録隔離つき補助安全監視』

「長い」

案内端末『正式記録です』

「現場名は歌糸でいい」

ルミナ『はい。その方が、私にも分かります』

 私は頷いた。

「歌糸は、鍵ではなく命綱だ」

案内端末『比喩としては適切です』

ミトラ「隊長さんにしては、かなり分かりやすい」

「私はいつも分かりやすい」

ミトラ「たまに言葉選びが戦場すぎるだけ」

 否定はしなかった。

 実際、私はよく間違える。

 剣で斬る言葉と、人に触れる言葉は違う。

ナギサ『次に、同意条件です』

 投影面が切り替わる。

 一つ目。

 ルミナ本人の同意。

 二つ目。

 クオ本人の同意。

 三つ目。

 接続目的の限定。

 四つ目。

 接続深度の限定。

 五つ目。

 接続時間の限定。

 六つ目。

 第三者監督。

 七つ目。

 即時遮断権。

 八つ目。

 記録隔離。

 九つ目。

 人権監査AIへの事後報告。

 十。

 公共人格権限系への通知。

「多い」

案内端末『必要です』

「同意があればよいのではないのか」

 そう言った瞬間、ナギサと案内端末が同時に反応した。

ナギサ『不足です』

案内端末『不足です』

ミトラ「すごい。息ぴったり」

ルミナ『はい。足りません』

 ルミナも、静かにそう言った。

「本人がよいと言い、私もよいと言う。それでも足りないのか」

ルミナ『はい。私がよいと思うことと、許可されることは、同じではありません』

 その言葉は、思ったより重かった。

 前世なら、本人がよいと言っても、国や神殿が奪うことがあった。

 この世界では、本人がよいと言っても、なお止める仕組みがある。

 逆のようで、同じ根から出ている。

 人を物にしないためだ。

ナギサ『ここで問題になるのは、歌糸がルミナ本人の歌唱状態に近い領域を観測する可能性があることです。通常歌唱の検査確認とは、扱う深度が異なります』

「深度」

案内端末『表面の音声出力や同期ログを見るだけではなく、歌に混ざる意味反応、侵食兆候、返響視による主観観測が関与する可能性があります』

「つまり、ルミナの内側に近い」

 ルミナは少しだけ視線を下げた。

ルミナ『近い、と思います。だからこそ、私の同意だけでは足りません』

「本人の同意があってもか」

ナギサ『はい。ルミナは公共慰撫投影人格です。個人としての同意と、公共系統に接続された人格としての安全境界は、別に扱われます』

案内端末『同意、資格、目的、監督、遮断権、記録隔離、監査承認。最低限、これらが必要です』

「最低限という言葉が嫌いになりそうだ」

ミトラ「でも最低限で済んでるだけ、道はあるってことだよ」

 私は投影図を見る。

 白い円。

 青い点。

 その間に並ぶ、いくつもの壁。

 壁は邪魔だ。

 だが、壁があるから、互いに無理やり踏み込まずに済む。

「つまり、私はまず立場を得なければならない」

ナギサ『はい』

「ルミナと正式に直結するために」

 休憩区画が、一瞬止まった。

 ミトラが紙コップを机に置いた。

 ルミナは視線だけを少し下げた。

 案内端末が沈黙した。

 ナギサだけが、わずかに反応を遅らせた。

ナギサ『表現は要修正です』

「またか」

案内端末『またです』

ミトラ「隊長さん、それ毎回言うの?」

「目的を正確に言っただけだ」

ルミナ『正確ではあります。ですが、言葉が強すぎます』

「強いのか」

ルミナ『はい。人格に関わる言葉なので』

 ルミナの声は、照れているというより、慎重だった。

 私は少し考えた。

 直結という言葉は、どうにもこの場を乱すらしい。

 しかし、意味は捨てたくない。

 ならば、名前を変えるべきだ。

 前にも、そうした。

「分かった。言い換える」

ミトラ「お願い」

「まずは、ルミナと正式に歌糸を結べる立場を目指す」

 今度は、空気が少しだけ落ち着いた。

ルミナ『……歌糸なら、はい。その方が、私にも受け止めやすいです』

案内端末『表現警告を一段階低下します』

「警告は残るのか」

案内端末『残ります』

ナギサ『ですが、目的設定としては妥当です。クオが目指すべきは、人格間直接接続ではなく、返響操糸を用いた低深度歌唱状態観測――通称、歌糸を、制度内で扱える資格です』

「分かった。歌糸だ」

 私は申請書式を見た。

「ルミナと歌糸を結ぶために、まず私の立場と権限を整える」

ルミナ『はい。私としては、歌糸を受け入れてもいいと思っています。でも、それだけでは足りない。だから、足りないものを一つずつ揃えてください』

 それは、許可ではなかった。

 約束の入口だった。

「必要なものを整理してくれ」

ナギサ『表示します』

 白い円と青い点の間に、番号が振られた。

 一、本人確認。

 二、保全協力者候補登録の承認。

 三、緑枠作業の実績。

 四、観測補助申告の受理。

 五、返響操糸の限定評価。

 六、歌糸に関する事前相談の正式受付。

 七、ルミナ本人の同意確認。

 八、第三者監督者の指定。

 九、緊急遮断手順の訓練。

 十、低深度歌唱状態観測の一時許可。

「十もある」

案内端末『最低限です』

「やはり嫌いになりそうだ」

ミトラ「でも、十個全部できたら、かなりちゃんとしてるよ」

「十個すれば、歌糸を結べるのか」

ナギサ『結べる可能性が発生します』

「可能性」

案内端末『承認とは常に可能性です』

「詩のようなことを言うな」

案内端末『行政表現です』

ルミナ『でも、私は好きです。可能性がある、という言い方』

 ルミナはそう言った。

ルミナ『今までは、危険が残る場所では歌わない、でした。そこから、安全を確かめながら歌えるかもしれない、になるだけでも違います』

「なら、可能性を増やす」

 私は言った。

「まずは本人確認。次に候補登録。緑枠作業。観測補助申告。返響操糸の限定評価。歌糸の事前相談。順に進む」

ミトラ「急にちゃんとした」

案内端末『今の表現は適切です』

「そうか」

 私は少し頷いた。

「最終目的は、ルミナと歌糸を正式に結ぶことだ」

ミトラ「うん、それなら大丈夫」

ルミナ『はい。それなら、大丈夫です』

案内端末『表現警告を解除します』

「ようやくか」

ナギサ『ただし、歌糸という現場名は正式名称ではありません。正式記録では、返響操糸を用いた公共慰撫投影人格の低深度歌唱状態観測、とします』

「長い」

ミトラ「そこは諦めよう」

 私は諦めた。

 前世にも長い儀礼名はあった。王都の神殿で唱える祝詞のようなものだと思えばよい。

 実戦では短く呼ぶ。

 正式には長く記録する。

 それだけのことだ。

「歌糸でよい」

ルミナ『はい。歌糸で』

 ルミナが小さく笑った。

 その笑いは、やはり歌に似ていた。

 私は、その笑いを守るためなら、長い書類にも付き合える気がした。

 ただし、直結という言葉はしばらく控えるべきらしい。

 控えるべきだが。

「一つだけ確認してよいか」

ミトラ「言い方に気をつけて」

「分かっている」

 私はルミナを見る。

「歌糸を結ぶ時、君が嫌だと思ったら、すぐ止める。それは変わらないな」

ルミナ『はい』

「私が怖くなっても、止める」

ルミナ『はい』

「ナギサが危険と判断しても、止める」

ナギサ『はい』

「案内端末が止めろと言っても」

案内端末『止めます』

「内容による」

案内端末『そこは譲りません』

ミトラ「私が止めろって言っても止めてね」

「ああ」

 私は答えた。

「誰か一人でも嫌なら、歌糸は切る」

 言葉にして、少し安心した。

 糸は結ぶものだ。

 だが、切れるものでもなければならない。

 切れない糸は縄になる。

 縄は、人を縛る。

 私が欲しいのは、縄ではない。

 歌が黒く染まる前に気づくための、細い糸だ。

ナギサ『申請書式に、歌糸の事前相談項目を保存します』

案内端末『表現警告なしで保存します』

「勝ったな」

案内端末『勝敗ではありません』

ミトラ「隊長さん、直結って言わなかったから勝ちでいいよ」

ルミナ『はい。そこは、よかったと思います』

 私は少しだけ胸を張った。

 大した勝利ではない。

 だが、この世界では、言葉を一つ選び直すことも、戦いの一部なのかもしれない。

 私は申請書式の一番下を見る。

 歌糸。

 まだ正式ではない。

 まだ許可もない。

 だが、そこには確かに、細い道が生まれていた。

 もっと遠くへ。

 もっと不安定な場所へ。

 通常の監視だけでは許可されない場所へ。

 それでも誰かが歌を必要とする時に、止まれるまま、切れるまま、確かめながら進むための糸。

 剣で斬り開く道ではない。

 誰かの同意と、権利と、監督と、遮断権を一つずつ結んでいく道だ。

 遠い。

 だが、遠いなら歩けばいい。

 私はもう、歩くための靴を持っている。

この話の選択肢

  1. ルミナの歌唱同期制限の解除手続きへ向かい、付き合わせて遅くなったことを謝る正史
  2. 解除手続きに必要な検査確認項目をナギサに整理してもらう
  3. 歌糸の事前相談と通常歌唱再開の手続きを並べて申請する
  4. ミトラと案内端末に、解除窓口までの最短経路を出してもらう