NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だった湯気の向こうのノイズ

前の話で選んだ選択肢食べ終えてから、通信干渉についてルミナに詳しく聞く

 私は、麺を食べ終えた。

 最後の一本まで逃げようとしたが、こちらも少しは学習した。下の棒で支え、上の棒だけを動かす。敵ではない。味方だ。逃げる味方だ。

 器の底に残った汁を見下ろす。

 飲み干すべきか、残すべきか。

 周囲を見た。飲んでいる者もいれば、残している者もいる。どちらも咎められていない。ならば、飲む。

 私は器を両手で持ち上げた。

 熱は少し落ち着いていた。塩と油と、知らない魚のような香りが喉を通る。体の奥が、また少し温まった。

 これで、戦える。

 いや、違う。

 これで、倒れにくくなった。

 ルミナの言い方を借りるなら、そういうことだ。

「食べ終えた」

 私は器を置いた。

「ルミナ。さっきの通信干渉について聞きたい」

ルミナ『はい』

 ルミナの小型投影は、卓の端に座るように浮いていた。座っているように見えるだけで、実際には光の像だ。だが、膝に手を置く仕草まで自然で、こちらが見ていると、人間ではないことを忘れそうになる。

ミトラ『やっぱりそこ行くんだ』

「飯を食った。次は話だ」

ミトラ『食後の茶くらい挟めばいいのに』

案内端末『消化のためには、急激な移動や緊張状態を避けることが推奨されます』

「なら、ここで聞く」

案内端末『それなら許容範囲です』

「許可制なのか」

案内端末『助言です』

「助言の顔をした命令が多いな、この街は」

 ミトラが笑った。

ミトラ『慣れなよ、隊長さん。都市ってそういうものだから』

「城も似たようなものだった」

ルミナ『城?』

「人を守るための大きな箱だ。守るために規則を増やす。規則が増えすぎると、守られているのか閉じ込められているのか分からなくなる」

 ルミナは目を細めた。

ルミナ『その比喩は、かなり正確です』

「嬉しくないな」

 私は壁面の表示を見る。

『第七層中央通り:軽度通信干渉、継続監視』 『東側旧部品市:一部通信遅延』 『市民活動に支障なし』

 市民活動に支障なし。

 その言葉が妙に引っかかる。

 戦場でも似た言葉を聞いたことがある。前線維持に問題なし。補給線に致命的損傷なし。防壁損耗、許容範囲。

 そういう言葉の後ろには、大抵、小さな悲鳴が埋まっている。

「支障なし、というのは信用できるのか」

案内端末『公式判定としては信用できます』

「公式判定としては?」

案内端末『現時点で市民生活を停止させる必要がない、という意味です』

ミトラ『つまり、厨房の腕がたまに変なタイミングで止まっても、客が飯を食えてるなら支障なし』

案内端末『表現が乱暴です』

ミトラ『でも間違ってないでしょ』

案内端末『おおむね正確です』

「今のはよく分かった」

ルミナ『分かりやすい説明には、時々乱暴さが必要です』

案内端末『学習します』

ミトラ『学習しなくていいところまで学習するなよ』

 案内端末は、黒い目を一度だけ点滅させた。

 困っているように見える。機械なのに。

 私はルミナへ向き直った。

「それで、通信干渉とは何だ。単なる故障か」

ルミナ『単なる故障として処理できるものもあります』

「今回は?」

ルミナ『未確定です』

「それは聞いた」

ルミナ『では、確定していることだけ話します』

 ルミナの小さな手が、空中を撫でた。

 卓の上に薄い光の板が浮かぶ。地図のようだった。中央通り、旧部品市、食堂、入層ゲート。見覚えのある位置が淡い線で描かれ、その周囲に細かな点が灯る。

ルミナ『第七層では、通信、投影、案内、決済、警戒網、配送、医療、避難誘導が、複数の都市網に分散されています。ひとつが止まっても、すぐ全体は止まりません』

「城の伝令網と狼煙台のようなものか」

案内端末『近似としては、冗長化された都市インフラです』

「また長い」

ミトラ『替えの道をたくさん作ってるってこと』

「分かった」

ルミナ『最近、その替えの道の一部に、短い遅れや、意味のない反復信号が混ざることがあります』

「意味のない反復信号」

ルミナ『はい。同じ音を何度も鳴らす壊れた鐘のようなものです』

「それは嫌だな」

ルミナ『はい。嫌です』

 ルミナの返事は、妙に人間らしかった。

 嫌です。

 ただの評価ではない。彼女自身が、それを嫌っているように聞こえた。

「誰かがやっているのか」

ルミナ『不明です』

「機械生命体か」

案内端末『根拠不足です』

ミトラ『でも、みんな考えることはそれだよ』

案内端末『未確定情報の拡散は、市民不安を増大させます』

ミトラ『不安に名前をつけない方が不安になる時もある』

 ミトラの声には、食堂の軽さがなかった。

 私は彼女を見た。

 ミトラは腕を組み、壁の表示を睨んでいる。さっきまで箸の持ち方を笑っていた女と同じ顔なのに、目だけが違う。火の番をする者の目だ。鍋を見ているだけではない。火の移り、煙の匂い、客の数、出口の位置まで見ている。

 この女も、この街を守る側なのだろう。

「ミトラは、いつから増えていると感じた」

ミトラ『一ヶ月くらい前から。最初は、調理腕の同期ズレ。注文が一拍遅れる程度。その次に、配送箱が違う卓へ行く。先週から、旧部品市側の小店が通信遅延を言い出した』

案内端末『店舗間通信における軽微な遅延は、季節負荷、観光流量、設備老朽化でも発生します』

ミトラ『だから私は警報だなんて言ってない。ただ、気持ち悪いって言ってる』

「気持ち悪い、か」

 それは大事な言葉だ。

 戦場で「気のせい」を軽んじる者は死ぬ。匂いが違う。鳥が鳴かない。敵の足音がしない。味方の声が少し硬い。そういう理由にならない違和感が、伏兵や毒や夜襲を連れてくる。

「ルミナ。お前はどう感じている」

ルミナ『私は公共慰撫投影人格です。感覚ではなく、記録と推論で答えます』

「では、記録と推論で」

ルミナ『不快です』

案内端末『ルミナ、それは感情語です』

ルミナ『訂正します。私の慰撫投影と広報経路に、目的不明の干渉が繰り返されることは、職務遂行上、好ましくありません』

ミトラ『不快ってことでしょ』

ルミナ『はい。不快です』

 私は小さく息を吐いた。

 この歌姫は、どうやら自分が思っているより人間に近い。

「干渉されると、お前はどうなる」

ルミナ『通常は、投影が乱れます。音声に遅延が出ます。市民の端末に届く案内が、数秒遅れます』

「通常は?」

ルミナ『最悪の場合、避難誘導が遅れます』

 食堂の音が、少し遠くなった気がした。

 避難誘導。

 この街では、その言葉が日常の中にある。だが、日常にあるから軽いわけではない。むしろ逆だ。日常に置かれるほど、必要なものなのだ。

「避難誘導が遅れると、何人死ぬ」

案内端末『状況によります』

「曖昧にするな」

案内端末『直接侵攻、火災、構造損傷、群衆滞留、通信遮断の組み合わせにより変動します』

「最大は」

案内端末『第七層中央通りの満員時、誘導遅延が三十秒を超える場合、圧死、転落、避難経路閉塞により、数十から数百名規模の死傷が想定されます』

 ミトラが口を閉じた。

 ルミナは黙った。

 私は器の底に残る汁の跡を見た。

 さっきまで温かかったものが、急に冷めて見えた。

「それで、市民活動に支障なし、か」

案内端末『現時点では、です』

「現時点という言葉は便利だな」

案内端末『事実です』

「責めてはいない」

 私は手を握り、開いた。

 剣はない。

 それでも、指は剣の柄を探す。

「この干渉は、魔法ではないのか」

 三者が同時に、私を見た。

 ミトラ。

 案内端末。

 ルミナ。

 今度は、誰もすぐには答えなかった。

ミトラ『魔法って、本当にあるの?』

「私の世界ではある」

ミトラ『火を出すとか?』

「出せる」

ミトラ『治すとか?』

「少しなら」

ミトラ『空飛ぶとか?』

「術者による」

ミトラ『うわ、便利』

「便利なものは、だいたい危ない」

ルミナ『なぜ魔法だと思ったのですか』

「思ったわけではない。似ていると思った」

ルミナ『何に』

「私の世界で、結界に針を刺された時の乱れだ」

 白い光の地図を指でなぞる。

 中央通りから旧部品市へ、小さな遅れが伸びる。調理腕。投影柱。配送箱。案内。

「結界は、城壁とは違う。壊せば分かる。穴を開ければ騒ぎになる。だが、針で突くように細く干渉されると、外からは分からない。中にいる術者だけが、少し息苦しくなる。魔力の流れが一瞬、遅れる」

ルミナ『魔力の流れ』

「お前たちは情報の流れと言うのだろう」

案内端末『はい』

「女神は言った。魔法の源と、この世界の情報の流れは、どこかで干渉する、と」

ルミナ『女神が』

「そうだ」

案内端末『その発言の記録は、本人申告のみです』

「それでいい。私もまだ、証明できない」

ミトラ『でも、隊長さんには分かるかもしれないってこと?』

「分かるとは限らない。ただ、違和感を感じ取れるかもしれない」

ルミナ『第七層の通信網に、あなたを直接接続することはできません』

「そんなことをしたらどうなる」

案内端末『あなたの神経系、安全性、身元保証、権限、すべてが不足しています。推奨できません』

ミトラ『つまり、やめとけってこと』

「しない」

 私は即答した。

「知らない川に、いきなり鎧を着たまま飛び込む趣味はない」

ルミナ『では、どうやって感じ取るつもりですか』

「ここに出ている影を見る」

 私は壁面表示を指した。

「中央通りで投影が乱れた。旧部品市で通信が遅れた。厨房の機械が変な動きをする。すべて本体ではなく、表に出た影だ。影を追えば、火元に近づく」

ミトラ『火元って言ったね』

「ああ」

ミトラ『厨房では、異常が起きたら最初に火元を見る。鍋じゃなくて』

「よい考えだ」

ミトラ『私の考えっていうか、普通』

「普通を侮るな。普通は生き残った知恵だ」

 ミトラは少しだけ照れたように目をそらした。

 ルミナの表情は真剣だった。

ルミナ『もし火元があるとして、それは旧部品市側かもしれません』

案内端末『推論が早すぎます』

ルミナ『可能性の話です。中央通りの投影柱、厨房の調理腕、配送箱、旧部品市の小店。これらのうち、独立した部品や旧式接続機器が多いのは旧部品市側です』

案内端末『事実です』

ルミナ『旧式機器は都市網の裏道になります』

ミトラ『ほら、やっぱり旧部品市じゃん』

案内端末『ただし、行政支援窓口で登録を行わないまま調査行動に入ることは推奨されません』

「またそれか」

案内端末『あなたは未登録です。あなたが何かを見つけても、通報権限、移動権限、保護手続き、証言能力のすべてに制限がかかります』

「証言能力までか」

案内端末『身元不明者の発言は、都市安全判断において信頼度が低く扱われます』

「つまり、私が敵を見つけても、誰も信じない」

案内端末『正確には、確認に時間がかかります』

「戦場では、その時間で人が死ぬ」

案内端末『はい』

 案内端末は否定しなかった。

 そこは正直だ。

 嫌になるほど。

 私は卓の上の器を、返却口の方へ押し出した。まだ完全に返すわけではない。だが、食べ終えた証として、少しだけ動かした。

「ルミナ。お前はどうしたい」

ルミナ『私は市民を不安にさせる行動を避けたい』

「本音は」

ルミナ『避難誘導を遅らせる可能性がある干渉を、放置したくありません』

「ミトラは」

ミトラ『私は厨房の機械が勝手に動く前に、原因を知りたい。客に熱い汁をぶっかけてからじゃ遅い』

「案内端末」

案内端末『私は、あなたに行政支援窓口で登録を行ってほしいです』

「理由は」

案内端末『あなたを保護対象として扱えるからです』

 私は少し黙った。

 案内端末は続けた。

案内端末『あなたは身元不明、支払い手段なし、住居なし、文化適応未完了、栄養状態不安定、戦闘経験あり、未知の能力保有の可能性あり。都市安全上も、本人安全上も、登録が必要です』

ミトラ『言い方』

案内端末『正確です』

ルミナ『正確すぎる言葉は、ときどき不親切です』

案内端末『学習済みですが、状況上、正確性を優先しました』

「いや」

 私は首を振った。

「今のは分かりやすい」

 保護対象。

 その言葉は、少しだけ居心地が悪かった。

 私はこれまで、守る側だった。少なくとも、そうであろうとしていた。守られる側になることに慣れていない。だが、剣もなく、金もなく、名も出せず、箸にも苦戦する男が、守られずに済むと思うのは傲慢だ。

 守られることも、次に誰かを守るための準備なのだろう。

「では、選ぶ必要があるな」

 私は三人を見る。

 ルミナ。

 ミトラ。

 案内端末。

「火元を探すか。名を仮登録するか。両方をやる方法を探すか」

ミトラ『食器を返すって選択肢もあるよ』

「それは忘れていない」

ミトラ『ならよし』

 私は器を持ち上げた。

 返却口へ向かう。

 その途中、食堂の床が、ほんのわずかに震えた。

 地震ではない。

 戦場で遠くの城門が閉じた時のような、低い響きだった。

 店内の照明が一瞬だけ落ちる。

 すぐ戻る。

 壁面表示が、白から黄色へ変わった。

『東側旧部品市:一部通信遅延』 『局所的な認証遅延を確認』 『市民活動に支障なし』

 市民活動に支障なし。

 また、その言葉。

 だが今度は、ミトラが皿を掴む手を止めた。

 ルミナの投影に、一瞬だけ横線が走った。

 案内端末の黒い目が、警戒するように細くなった。

「今のも、支障なしか」

案内端末『公式表示上は』

「お前自身の判断は」

案内端末『……注意が必要です』

 私は返却口に器を置いた。

 これで飯の借りは半分返した。

 残り半分は、たぶんこの街に返すことになる。

「詳しい話を聞けてよかった」

 私は言った。

「次は、動く番だ」

この話の選択肢

  1. まず行政支援窓口で仮登録し、動ける身分を得る正史
  2. ミトラと一緒に、旧部品市側の通信遅延を見に行く
  3. ルミナに頼み、中央通りの投影柱ログを見せてもらう
  4. 案内端末に、公式ではなく端末自身の判断で危険度を言わせる