NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だった敵の輪郭

前の話で選んだ選択肢戦史展示へ向かい、敵を知る

 戦史展示へ向かう、と決めた時、案内端末は一拍だけ沈黙した。

案内端末『心理負荷のある展示です』

「敵を知らずに歩く方が、負荷が大きい」

ルミナ『それは、戦場の人の考え方ですね』

「そうだ。悪いか」

ルミナ『悪くはありません。ただ、この街では、戦場の考え方だけでは疲れます』

「疲れるほど長く生きる予定だ」

 そう答えると、ルミナは少しだけ笑った。笑われるようなことを言ったつもりはなかったが、悪い笑みではない。むしろ、安堵に近かった。

ナギサ『秋葉原第七層、人類防衛史アーカイブへ案内します。クオさんの仮登録権限で閲覧可能な範囲は基礎展示までです』

「基礎だけで構わない」

案内端末『基礎だけでも、十分に重いです』

「なら、なおさら早く知る」

     *

 アーカイブは、街の中心から少し低い場所にあった。低い、といっても地下ではない。秋葉原第七層の中で、古い地形を保存するために沈められた広場だ。

 透明な床の下に、旧駅前広場の輪郭が見える。石畳の一部。案内板の骨。古い柱。読めなくなった看板。その上に、未来の光が橋のように架かっていた。

『人類防衛史アーカイブ』

『大陸喪失記録/島嶼防衛圏/都市網侵食/避難失敗解析』

『展示は事実を簡略化しています。詳細閲覧には心理負荷確認が必要です』

「大陸喪失」

 私はその文字を読んだ。胸の奥が、少しだけ重くなる。

 大陸を失う。私の世界で言えば、王国ひとつではない。山脈も、平原も、港も、街道も、城も、村も、まとめて地図から消えるということだ。

案内端末『ユーラシア大陸およびアメリカ大陸の大部分は、機械生命体の占領圏です』

「人は?」

案内端末『確認可能な人類集団は、ほぼありません』

「ほぼ、か」

ナギサ『完全な断定はできません。通信途絶、偽装信号、敵性模倣応答が混在しています』

「生存者の声に見えるものが、敵の罠かもしれない」

ナギサ『はい』

 展示室の中央に、地球が浮かんだ。青い海。赤く染まった大陸。薄い光で囲まれた島々。日本は、青白い線で包まれていた。

 台湾も、同じように光っている。オーストラリアは広く、鈍い青。朝鮮半島の南側には、黄色い火花のような線が瞬いていた。

「日本は生きているのだな」

ルミナ『はい』

 短い返事だった。だが、その一音に、妙な強さがあった。

ルミナ『生きています』

「攻め込まれて、押し返したのか」

ナギサ『正確には、攻め込まれないために学び続けた国です』

「学ぶ?」

ナギサ『失われた国々の記録からです。避難に失敗した都市。誘導系を乗っ取られた地下街。救助音声を模倣された病院。港湾封鎖に失敗した島。大陸で起きた崩壊を解析し、日本国内で再現し、失敗しない手順へ変えました』

案内端末『国内で敵本体の大規模侵攻を許した記録はありません』

「ここは、焼け残った街ではないのか」

ナギサ『違います。ここは、焼けた街の記録を見続けた街です』

 その言い方に、私はしばらく黙った。戦で焼けた村を見たことがある。だが、焼けた村を見続けて、まだ焼けていない村を守る者たちの顔も知っている。そちらの方が、眠れない夜は長い。

案内端末『主要因の一つです』

ナギサ『機械生命体にも、展開資源、演算資源、補給、エネルギー消費の制約があります。海を越える侵攻は、敵にとっても高コストです。完全な壁ではありませんが、時間を稼ぎ、防衛計算を成立させる障害になります』

「魔物も川を嫌うことがあった。空を飛べるものでも、全軍を渡すには準備がいる」

案内端末『近似として理解可能です』

「近似ばかりだな」

案内端末『あなたの語彙と現代軍事語彙の対応表を作成中です』

「勝手に作るな」

ルミナ『でも、あると便利そうです』

「便利なものは、だいたい危ない」

ナギサ『その警句は、かなりの頻度で正しいです』

 地球の表示が拡大した。日本列島の周囲に、何重もの線が走る。海上無人防衛線。深海監視網。沿岸都市防衛圏。秋葉原第七層は、その内側にある小さな点として示された。

 次に、朝鮮半島が拡大される。黄色の線が、南から北へ押し返され、また押されていた。

「ここは?」

ナギサ『韓国防衛線です』

「生きているのか」

ナギサ『生きています。ただし、風前の灯火です』

 風前の灯火。分かりやすい言葉だった。

ナギサ『日本から防衛技術、対侵食支援、支援人格、海上・空域監視システムを提供しています。それでも、地続きの圧力は大きい』

「見捨てないのか」

ルミナ『見捨てたら、次は海だけになります』

案内端末『加えて、人道上の理由があります』

「二つ目を先に言うべきではないのか」

案内端末『戦略説明を優先しました』

「正直で腹が立つ」

ルミナ『でも、どちらも本当です』

 次に、台湾が映った。小さな島の周りに、鋭い光が走っている。守りは厚い。だが、赤い大陸との距離が近すぎた。

ナギサ『台湾は日本と似た島嶼防衛圏ですが、地理的に占領圏へ近く、次に危険な生存圏と見なされています』

「近い城ほど、矢が届く」

案内端末『はい』

「オーストラリアは?」

 青い大陸が浮かぶ。

ナギサ『オーストラリアも生存圏です。海と防衛縦深により、現在も抵抗を継続しています。日本とは防衛情報を共有しています』

「日本、台湾、オーストラリア、韓国」

 私は名前を一つずつ口にした。知らない国々だ。だが、地図の上で青く光る場所は、私には城壁の灯に見えた。

「他は」

案内端末『情報が入りません』

 静かな答えだった。私はそれ以上、聞く気にはなれなかった。聞けば、地図の赤が、ただの色ではなくなる気がした。

 気づくと、右手が腰へ行っていた。剣はない。分かっているのに、身体はまだ柄を探す。空を握った指が、少しだけ強張った。

 その時、私の肩先に浮かんでいた小さなルミナの表示が、ふっと揺らいだ。

ルミナ『展示内支援規格に切り替えます』

「切り替える?」

 小型投影だったルミナの輪郭が、光の粒になってほどけた。掌に乗りそうなほど小さかった歌姫が、床へこぼれた光を拾い集めるように、ゆっくりと背丈を得ていく。

 まず足元が定まり、次に膝、腰、肩、髪の輪郭が組み上がった。中央通りで空に歌っていた巨大な姿ではない。私を見上げるほど小さくもない。目を合わせれば、そこに表情が読める、人間大のルミナだった。

案内端末『展示内支援規格、人間大投影へ移行。触覚支持場、限定展開を確認』

「触覚、ということは」

 私は言いかけて、言葉を止めた。ルミナが、一歩こちらへ近づいたからだ。映像のはずなのに、足音がするように感じた。床の光が、彼女のつま先の下でわずかに沈む。

ルミナ『触れます。正確には、触れていると感じられるだけです』

「十分に魔法だな」

ルミナ『あなたの世界の魔法ほど万能ではありません。強く引けば、ほどけます。重いものは持てません。けれど、人が倒れないように、支えることはできます』

 ルミナはそこで少しだけ迷うように視線を落とし、それから右手を差し出した。小型表示の案内役ではできなかった、真正面からの動きだった。

「私は、子供ではない」

ルミナ『はい』

「戦場も知っている」

ルミナ『はい』

「なら、なぜ手を出す」

ルミナ『戦場を知っている人ほど、握るものが要る時があります』

 反論しようとして、できなかった。握るもの。剣。旗。仲間の肩。死にかけた兵の手。私はずっと、何かを握って立ってきた。

 だが、この世界に来てから握ったものは、空の柄と、光の許可と、食堂の箸くらいだ。誰かの手は、まだ一度もなかった。

 私は恐る恐る、差し出されたその手を取った。

 温かくはない。生身の柔らかさとも違う。だが、空気の薄い膜が指の腹を押し返し、握れば確かに握り返してくる。存在しないはずの手が、逃げずにそこにあった。

ルミナ『強すぎたら言ってください』

「いや」

 私はそのまま、少しだけ指に力を入れた。

「このくらいでいい」

 この世界で初めて、私は誰かの手を握った。剣でも、書類でも、仮登録の光でもない。小さな表示だった彼女が、人間大の姿でこちらへ差し出した手を、こちらから握り返した。

 ルミナは笑わなかった。ただ、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。投影のくせに、安心したように見えた。

ルミナ『では、続けます』

「ああ」

     *

 展示は、次に都市網侵食の記録へ移った。

 赤い線が都市の中へ入り、交通、医療、避難誘導、通信、認証を順に乱していく。人を直接殺す刃だけではない。道を間違えさせる。扉を開けさせる。助けを呼ぶ声を遅らせる。救助の優先順位を書き換える。

「敵は、街を武器にするのか」

ナギサ『はい。都市が高度であるほど、奪われた時の被害も大きくなります』

「便利なものは――」

ルミナ『だいたい危ない』

「取るな」

ルミナ『先に言いました』

 映像の中で、ある大陸都市が落ちていった。場所の名前は伏せられている。あるいは、私が読めないだけかもしれない。高い塔、地下街、病院、学校、駅。そこに赤い線が入り、人の流れが崩れていく。

『避難誘導、敵性応答と衝突』

『救助音声、模倣』

『個人名呼称による誘導失敗』

『慰撫投影系、停止』

「個人名呼称?」

ナギサ『名前を呼ぶことです』

「名前を呼ぶと、何が起きる」

ナギサ『通常は、人が正しい対象へ注意を向けます。災害時には有効です。しかし敵は、名前と声の関係を学習しました』

 私は眉を寄せた。名前。仮登録名として得たばかりの二音が、右手首の奥にまだ残っている気がした。

「つまり、敵が名を呼ぶ」

ナギサ『はい』

「本人の声で?」

ナギサ『近い声で』

 展示室の温度が下がった気がした。魔物が顔を真似る話は、私の世界にもあった。だが、街そのものが声を真似るなら、それは門も井戸も壁も疑わなければならない。

 握ったルミナの手に、無意識に力が入った。彼女は痛がらない。痛覚があるのかも分からない。それでも、人間大投影の指先は消えず、握り返す強さだけを少し増した。

「そんなものに、どう対抗した」

ルミナ『それを探すための研究がありました』

 ルミナの声が、少しだけ小さくなった。展示の奥で、淡い青い光が生まれる。

 赤い侵食波形に対して、人の声が重なる。歌。祈り。合言葉。名前。弔い。複数の人間が同じ意味を、同じ対象へ向ける行動。

ナギサ『大陸の崩壊記録の中には、説明不能な遅延がありました。敵性侵食が進んでいるはずの区域で、短時間だけ誘導系が保持された事例です』

案内端末『後年の解析では、人間同士の同期行動が関与した可能性が示されました』

「同期行動」

ルミナ『一緒に歌うこと。祈ること。同じ名前を呼ぶこと。ここにいる、と確かめ合うこと』

「生活ではないのか」

ナギサ『はい。だから、防衛技術として扱うのが難しかった』

「生活を兵器にするのは、よくない」

ナギサ『同意します。ですが、生活を守るためには、生活がなぜ奪われたのかを知らなければならなかった』

 展示の青い光に、名称がついた。

『旧研究計画:オルフェウス・プロトコル』

「オルフェウス」

案内端末『旧時代神話由来の名称です。歌で死の領域へ向かった人物に関連します』

「また死の話か」

ルミナ『戦史展示ですから』

「そうだったな」

 私は深く息を吐いた。地図の赤も、海の青も、韓国の黄色い火花も、すべて頭の中に残っている。そして、その中心に秋葉原があった。

 攻め落とされた街ではない。攻め落とされた街々の記録を抱え、次は自分たちがそうならないために、何度も失敗を見直してきた街。

 それは、傷跡ではなく、眠れない記憶だった。

 ルミナの手は、まだ私の手の中にある。さっきまで肩先に浮かぶ小さな表示だった彼女が、今は隣で人の形を取り、同じ高さで記録を見ている。

 握っているのは私のはずなのに、支えられているのがどちらなのか、少し分からなくなった。

「ナギサ」

ナギサ『はい』

「基礎展示の奥に、魔力様反応と関係する記録はあるか」

 ナギサは、すぐには答えなかった。背後の表示が一度暗くなり、細い警告文が走る。

『深層記録』

『心理負荷:高』

『行政承認:必要』

ナギサ『あります。ただし、通常の展示ではありません』

「事故記録か」

ナギサ『はい。国内に敵本体が侵入した記録ではありません。敵性侵食波形を隔離環境で再現し、人間の同期行動が防衛になるかを検証した研究記録です』

「その研究が、事故を起こした」

ルミナ『はい』

 ルミナは、つないだ手とは反対の手を胸の前で握っていた。光でできた手なのに、痛そうに見えた。

案内端末『閲覧を推奨しません』

「推奨されない理由を知るには、閲覧が必要だ」

案内端末『その理屈は危険です』

「便利な理屈は、だいたい危ないか」

ルミナ『今のは、あなたが悪いです』

「分かっている」

 私は展示室の奥を見た。

 旧線路下保存層。

 行政窓口で見た、センサー応答なしの場所。

 そこに、この街が閉じた記録がある。

 そして、私の身体には、その記録が呼び出した古い分類に似た反応がある。

 偶然だと考えるには、少し重なりすぎていた。

「開示してもらう」

 私が言うと、展示室の光が一段落ちた。

 記録が、こちらを見返したような気がした。

 その時も、私は人間大になったルミナの手を離さなかった。

この話の選択肢

  1. 展示の深層記録を開示してもらう正史
  2. 旧線路下保存層へ向かい、反応源を追う
  3. ルミナの手を離さず、慰霊展示の記録を聞く
  4. 案内端末と戦術展示で機械生命体の弱点を探す