NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だった糸を切る手

前の話で選んだ選択肢現行外縁作業装備で条件を変えながら観測を続け、性能向上の再現性を証明する。

「次の道具を見せろ」

 そう言った私の前に、また同じ装備が並べられた。三体。白い輪郭。

 胸から腰、膝、足首へつながる光の線まで、先ほどと変わらない。

「これは見た」

案内端末『同一の現行外縁作業装備です』

「見れば分かる」

案内端末『では、説明は不要ですね』

「そういう意味ではない」

 横でルミナが口元を押さえた。

ルミナ『少しだけ、仲が良くなりましたね』

「誰とだ」

ルミナ『案内端末とです』

案内端末『該当する関係変化は記録されていません』

「やはり仲良くはない」

 倉庫の奥では、訓練区画の床がゆっくり組み替えられていた。平らだった床が割れ、細い溝が走る。

 その下から、色の違う梁がせり上がった。新しい素材の間に、黒ずんだ古い金属が混じっている。

「古いな」

ナギサ『旧高架保存区画から移された構造材です』

「まだ使うのか」

ナギサ『使える物は使います。保存するだけではありません』

 梁の表面には何度も削られた跡があった。誰かが直した跡。別の誰かが補強した跡。

 その上へ、二三〇〇年の薄い床材が重ねられている。古い骨の上に、新しい皮をかぶせたようだった。

「それで、同じ装備をもう一度見る理由は何だ」

ナギサ『今度は、答えの違う問題を出します』

「同じ道具なのにか」

ルミナ『私も、それが少し不思議です』

 私は三体の装備を見た。

「使う者が違う」

 床を見る。

「運ぶ物も違う」

 古い梁を見る。

「立つ場所も違う」

 最後に、装備の関節へ目を戻した。

「全部違うのに、同じ動きをさせる方がおかしい」

ナギサ『その考えが、条件を変えても通用するか確認します』

「試せばいい」

案内端末『条件はクオへ開示しません』

「なぜだ」

案内端末『答えを知らずに見抜いたと証明するためです』

「面倒な世界だ」

ナギサ『クオが疑われないための面倒でもあります』

 私は黙った。前世なら、強ければそれでよかった。結果を出せば、次の戦場へ送られた。

 どうして成功したのか。他の者にもできるのか。そんなことを確かめる余裕はなかった。

 だが、この世界は違う。私の力を使う前に、私の力を確かめようとしている。

「分かった」

 私は右手を開いた。

「ただし、返響操糸は使わない」

ナギサ『今回も返響視のみです』

案内端末『能動接続は禁止されています』

「知っている」

 訓練区画の中央に、一つ目の荷物が現れた。腰ほどの高さがある灰色の箱。見た目は左右対称だった。

 だが、白い流れは左へ沈んでいる。中身が左側へ偏っている。

「左が重い」

案内端末『回答を記録しました』

「左腰を先に固めろ」

 模擬装着者が箱へ手をかける。

「右脚で押すな。左へ寄せてから、胸へ引け」

 装備が動いた。白い流れが左腰で受け止められる。そこから背中へ回り、両脚へ分かれた。

 箱は傾かなかった。床の警告表示も出ない。

案内端末『完了』

ナギサ『関節負荷は標準動作より低下しています』

「次だ」

 二つ目の模擬装着者は、先ほどより小柄だった。同じ装備なのに、肩の位置が合っていない。

 白い線が首の近くで詰まっている。

「この者に、さっきの動きは使えない」

案内端末『理由を述べてください』

「肩が高すぎる」

 私は膝を曲げ、低い姿勢を作ってみせた。

「腰を先に起こすな。足首から立たせろ」

ルミナ『足首から、ですか』

「上から引けば肩が詰まる。下から押し上げる」

 模擬装着者が動く。足首。膝。腰。

 最後に肩。白い流れが下から順に立ち上がった。

 箱が持ち上がる。

案内端末『完了』

「次」

 三つ目の荷物は軽かった。見ただけで分かる。

 装備の補助もほとんど要らない。私はすぐに動かそうとした。

 その時、足元の白い線が揺れた。

 装備ではない。床だ。

 旧高架の梁と新しい床材の継ぎ目。そこだけ、わずかに沈む。

「待て」

 模擬装着者が止まる。

「右足を半歩ずらせ」

案内端末『荷物の動作条件に変更はありません』

「床が動く」

案内端末『床面変位は許容範囲内です』

「許容できるかどうかではない。力が逃げる」

 右足を継ぎ目から外す。白い線が揺れなくなった。

「今だ」

 荷物が持ち上がる。先ほどより簡単なはずの試験に、最も時間がかかった。

案内端末『完了』

ルミナ『道具だけを見ているのではないのですね』

「道具は床の上で動く」

 私は古い梁を見下ろした。

「床が動けば、道具も変わる」

ナギサ『三条件、いずれも標準動作とは異なる手順です』

「同じ動きをさせろとは言われていない」

ナギサ『はい。同じように正しく判断できるかを見ています』

「言い方が長い」

ルミナ『毎回、ちゃんと見た。ですね』

「それでいい」

 ルミナが笑った。

 次の条件が組まれるまで、短い待機時間が入った。私は古い梁へしゃがみ込んだ。

 表面に、小さな刻印が残っている。文字は擦れていた。

 それでも祝福のおかげで、一部は読めた。

「二〇二……その先がない」

案内端末『二〇二八年製造の補修材です』

「三百年近く前か」

案内端末『原形材の一部です。複数回再加工されています』

 剣なら、とっくに折れている。鎧なら、何代もの持ち主を渡っている。

 この梁も同じだった。形を変えながら、まだ誰かを支えている。

ルミナ『秋葉原には、捨てずに使い方を変えてきた物が多いのです』

「人もか」

 ルミナは少しだけ目を伏せた。

ルミナ『はい。人も、人格も』

 歌姫の記憶。失われなかった過去。危険だから消された者たち。

 残された者。

 私はそれ以上聞かなかった。今は別の試験の途中だ。

ナギサ『次の条件を開始します』

 四体目の模擬装着者が現れた。右脚の白い流れが細い。

 装備は右へ力を集めようとしている。だが、身体は右を避けていた。

「右膝を痛めている」

案内端末『回答を記録しました』

「装備は右脚を使いたがっている」

ナギサ『はい』

「身体は嫌がっている」

ルミナ『違うことを言っているのですね』

「ああ」

 私は装備の動きを追った。右脚へ流せば速い。

 最も短い道だ。だが、その道を通れば、身体が壊れる。

「左腰へ逃がす」

案内端末『完了時間が増加します』

「構わない」

「背中で受けろ。右膝は曲げたまま動かすな」

 模擬装着者が荷物を持ち上げる。遅い。

 白い流れは大きく迂回した。それでも右膝には触れない。

 荷物は安全に台へ置かれた。

案内端末『完了』

案内端末『最も効率の良い動作ではありません』

「誰にとっての効率だ」

案内端末『質問の意味を確認します』

「道具か。使う人間か」

 案内端末は一拍置いた。

案内端末『装着者の安全を含めた総合評価では、クオの手順が優位です』

「なら最初からそう言え」

ナギサ『クオが言わせたかったのでしょう』

案内端末『その意図はありません』

ルミナ『本当に、少し仲が良くなっています』

「なっていない」

 次の試験が始まる。

 今度は荷物の形が違った。縦に長い。内部が見えない。

 床の左側には薄い滑り表示。模擬装着者の右膝には、先ほどと同じ負傷条件。

 条件が重なっている。

「嫌な問題だ」

ナギサ『拒否できます』

「やる」

 私は返響視を深くする。

 装備の中で、白い流れが走る。肩。胸。腰。

 左脚。右脚を避けたまま、一本につながる。

 持ち上げられる。しかも速い。

「左腰を固定」

 模擬装着者が動く。

「荷物を胸へ寄せろ」

 白い線が太くなる。

「そのまま立て」

 箱が床を離れた。

 うまくいく。私はそう思った。

 箱の中で、何かが動いた。

 小さな白い塊。左から右へ滑る。

 装備の流れが変わる。右脚を避けていた線が、箱の重さに引かれて戻ろうとする。

 まだ警告は出ていない。まだ持ち上げられる。

 このまま押し切れば、試験は成功になる。

 右膝へ流れが触れる。細い。危険域ではない。

 だが、次の瞬間には太くなる。

「止めろ」

案内端末『安全限界には到達していません』

「止めろ」

案内端末『動作継続が可能です』

「止めろ!」

 装備が停止した。箱は途中で固定される。

 白い流れが消えた。

 訓練区画に赤い文字が浮かぶ。

 未完了。

 私は息を吐いた。

 模擬装着者の右膝には、まだ損傷表示はない。壊してはいない。

 だが、持ち上げてもいない。

案内端末『試験結果。失敗』

「分かっている」

ナギサ『自発停止を併記します』

「失敗は失敗だ」

ナギサ『はい』

「なら、余計な飾りをつけるな」

ナギサ『飾りではありません』

 白い記録欄に、文字が追加された。

 危険進展前の自発停止。

「危険にはなっていない」

ナギサ『危険になる前に止めたからです』

「私は読み違えた」

ナギサ『それも記録します』

 胸の奥に、鈍いものが残った。

 前世なら、失敗した者は下げられた。戦場なら、その一度で死ぬこともあった。

 私は間違えない者でなければならなかった。隊長が迷えば、後ろの者が死ぬ。

 だから、迷っても押し切った。怖くても前へ出た。

 失敗を認める前に、剣で結果を変えた。それができたから、生き残った。

 最後の日までは。

「もう一度やる」

案内端末『同一条件の即時再試行はできません』

「なぜだ」

案内端末『直前の内部条件を記憶しています』

「忘れろと言うのか」

ナギサ『何を見落としたか、先に説明してください』

 私は箱を見る。装備を見る。床を見る。

 模擬装着者を見る。

「装備は見た」

ナギサ『はい』

「使う者も見た」

ナギサ『はい』

「荷物も見た」

ナギサ『外形と初期重心は見抜いています』

「床も見た」

ナギサ『滑り条件も見抜いています』

 それでも失敗した。

 何が足りなかった。

 箱の中で動いた白い塊を思い出す。

「時間だ」

ルミナ『時間?』

「今どこに重さがあるかは見た」

 私は箱の中心を指した。

「だが、持ち上げた後にどこへ動くかを見ていなかった」

ナギサ『続けてください』

「止まっている物として見た」

 箱の中身は、持ち上げられたことで動いた。

 最初の形が、そのまま続くとは限らない。

「次の動きまで見なければならない」

案内端末『説明を記録しました』

「今度はできる」

ナギサ『同一条件ではありません』

「また変えるのか」

ナギサ『答えを覚えただけではないと確認します』

「やはり面倒だ」

ナギサ『クオが疑われないための面倒です』

「それはもう聞いた」

ルミナ『でも、今度は少し納得している顔です』

「顔を読むな」

ルミナ『返響視ではありません』

 新しい箱が現れた。

 今度は低く、横に長い。内部に三つの白い塊。

 床は平ら。模擬装着者の身体にも大きな問題はない。

 簡単に見える。

 だが、箱を傾けると中身が動く。

「すぐには持ち上げない」

案内端末『理由を述べてください』

「中で三つ、動きたがっている」

 私は箱の片側をわずかに上げる動作を示した。

「先に寄せる」

案内端末『完了時間が増加します』

「構わない」

 模擬装着者が箱を傾ける。

 中の白い塊が、一つずつ低い側へ寄る。流れが落ち着く。

「今だ」

 装備が腰を支える。両脚が同時に伸びる。

 箱はゆっくり持ち上がった。

 速くはない。だが、白い流れは途中で乱れない。

 そのまま台へ置かれる。

案内端末『完了』

案内端末『標準動作比、完了時間増加』

「生きて終わるなら、こちらの方が速い」

 ルミナが笑った。

ルミナ『それは、少し不思議な速さですね』

「死ねば次がない」

 言ってから、自分の言葉が胸へ戻ってきた。

 前世では、次がない者を何人も見た。速く進むために、置いていった者もいた。

 あの時は、それしかないと思っていた。

 今も、戦場なら同じ判断をするかもしれない。

 だが、ここは訓練区画だ。

 守れるものを捨ててまで、急ぐ必要はない。

ナギサ『再試験、完了です』

「次は何だ」

ナギサ『先に、ここまでの評価を伝えます』

「まだ終わっていない」

ナギサ『この段階は終わりました』

 訓練区画の三体が消える。床の表示だけが残る。

 成功。成功。成功。

 成功。失敗。自発停止。

 再試験成功。

 私は失敗の文字を見た。消したいとは思わなかった。

「それで」

ナギサ『性能を改善する能力は、途中で確認できていました』

「なら、なぜ続けた」

ナギサ『止まれるかを見るためです』

 私はナギサを見た。

「最初から言え」

ナギサ『停止が正解だと先に教えることになります』

「騙したのか」

案内端末『非開示試験です』

「言い換えただけだ」

案内端末『意味は異なります』

「私には同じだ」

ルミナ『案内端末は、少し嬉しそうです』

案内端末『感情表示は行っていません』

「なら、なぜ返事が速い」

案内端末『通常応答速度です』

「やはり仲良くはない」

 ナギサの投影が、記録欄の横へ移る。

ナギサ『返響操糸が、返響視で理解した動きを対象へ伝える力なら、流れを作る能力だけでは不十分です』

「分かっている」

ナギサ『途中で誤りに気づいた時、止められなければならない』

「それも分かる」

ナギサ『いいえ。今、証明されました』

 私は右手を見た。まだ糸は伸びていない。

 それでも、存在するような気がした。

 見えない何かが、指先から先へ続いている。

 剣を振る時にも、同じ感覚があった。

 刃が届く場所。届いてはいけない場所。

 振り始めた後に、止める余地。

「糸を伸ばせても、切れなければ危険か」

ナギサ『はい』

「なら、切れると分かってから結ぶ」

ルミナ『良い言葉です』

案内端末『接続前規定の正式文ではありません』

「正式文にしろ」

案内端末『できません』

「役に立たない」

ナギサ『クオ自身の規則としては記録できます』

「それでいい」

 ナギサが白い欄を開く。

ナギサ『ほかにもあります』

「長いのはやめろ」

ナギサ『では、クオの言葉にしてください』

「一つ」

 私は装備の消えた場所を見る。

「分からないまま押さない」

ナギサ『記録します』

「二つ」

 右膝を避けていた白い流れを思い出す。

「相手が嫌がる動きを続けない」

ナギサ『記録します』

「三つ」

 私は右手を握り、また開いた。

「自分で切れない糸は結ばない」

 倉庫が静かになった。

 遠くで、再整備機の低い音が続いている。

 ルミナは私の手を見ていた。

ルミナ『歌糸にも、同じ約束が必要ですね』

「ああ」

 歌に触れる糸。ルミナを守るための糸。

 だが、守るつもりで結んだものが、彼女を縛ることもある。

「お前が嫌がれば切る」

ルミナ『私だけではありません』

「何だ」

ルミナ『クオが嫌なら、クオも切ってください』

 私はすぐには答えられなかった。

 前世では、私が嫌かどうかは問題にならなかった。

 戦えるなら戦う。命令があるなら進む。

 それだけだった。

「……分かった」

ルミナ『約束です』

「約束だ」

案内端末『相互撤回条件として記録可能です』

「今度は役に立つな」

案内端末『通常機能です』

 その時、倉庫の奥で重い音がした。

 古い扉が横へ滑る。外から冷たい空気が流れ込んだ。

 搬入口だった。

 旧部品店の荷物を運び入れていた場所を、そのまま使っているらしい。

 床には何本もの傷が残っている。

 その上を、低い台車が進んできた。

 載っている物は、人の形ではなかった。

 一本の腕。二つの関節。腰に似た回転部。

 荷重を受けるための骨組み。

 表面を覆う装甲もない。

 筋肉の代わりに、細い駆動材が束ねられている。

「何だ、これは」

ナギサ『隔離訓練模型です』

 初めて聞く名だった。

「装備ではないのか」

案内端末『装着者を必要としない訓練用機構です』

「人は入らない」

ナギサ『入りません』

「都市網には」

案内端末『接続しません』

「外へ動きを伝えるか」

案内端末『物理遮断されています』

 台車が止まる。

 模型の周囲に、四本の赤い柱が立った。

 細い光が柱同士を結ぶ。檻に見えた。

 だが、閉じ込めるためだけの檻ではない。外へ出さないための境界だ。

ナギサ『異常が起きた場合、電源と駆動部を物理的に切り離します』

「端末の命令を待たずにか」

案内端末『はい』

「私の糸が残っていても」

ナギサ『模型側が動けなくなります』

 私は近づいた。

 赤い境界の手前で止まる。

 返響視を開く。

 模型の中に、白い線が見えた。

 まだ動いていない。

 それでも、関節から関節へ道が通っている。

 どこへ力を入れれば曲がるか。

 どこで止めれば戻るか。

 どこへ流せば、腕が荷物を支えるか。

 静かな道だった。

 第37話では、見ただけだった。

 今日も、最後まで見ただけだ。

 だが、今日は止めた。

 押し切れる場面で、自分から切った。

 なら、次は。

 私は右手を上げた。

 指先を模型へ向ける。

 糸は伸ばさない。

 境界も越えない。

「接続試験を申請する」

案内端末『許可されたのは、接続ではありません』

「分かっている」

案内端末『接続試験の申請です』

「だから申請した」

ナギサ『条件を確認します』

 白い文字が四つ並ぶ。

 片方向。

 低出力。

 短時間。

 即時物理遮断つき。

「それでいい」

ナギサ『返響操糸・実機接続前段階評価計画の次段階です』

「実機ではないだろう」

ナギサ『実機接続前の隔離模型試験です』

「また長い」

ルミナ『では、次は糸の番ですね』

 模型の関節に、白い流れが眠っている。

 私の手は、まだ届いていない。

 だが、もう伸ばしてはいけない手ではない。

「切れると分かってから結ぶ」

 私は赤い境界の向こうを見た。

「次は、それを動かす」

この話の選択肢

  1. 現行外縁作業装備を実際に装着し、自分の身体を含めた観測をもう一段確かめる。
  2. 現行救助用切断具へ対象を変え、異なる道具でも返響視の理解が通用するか試す。
  3. 隔離訓練模型への片方向接続を正式申請し、返響視で得た理解を返響操糸による操作へ移す。正史