NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だったつなぐ前の仕事

前の話で選んだ選択肢再整備倉庫で旧式装備の整理を手伝い、保全作業の実績を積む

 人類防衛史アーカイブを出ても、床の白線は途切れなかった。

 記録閲覧区画の静かな白から、生活区画の少しくすんだ白へ。

 線は古い壁を避け、補強材の下をくぐり、透明な歩廊の中央を通っている。

 私は、その上を歩いた。

 名が分からなくても。

 認証がなくても。

 そこに足があるなら帰れるように作られた道。

 さっきまでは、その意味が胸に重かった。

 今は、その先に仕事がある。

案内端末『再整備倉庫まで、残り百八十メートルです』

「近いな」

案内端末『人類防衛史アーカイブと再整備倉庫は、旧秋葉原駅周辺の保存層を介して接続されています』

「保存層」

案内端末『過去の都市構造を撤去せず、補強し、現行施設へ組み込んだ区画です』

 歩廊の右側が、途中から透明になった。

 その下に、黒く錆びた二本の鉄が並んでいる。

 線路だった。

 だが、今は車輪が走る場所ではない。細い配管と光る導線が、古い枕木の間を縫っていた。

 線路の向こうには、半分だけ残った看板がある。

 電。

 気。

 街。

 最後の文字は欠けていた。

 看板の下には、二三〇〇年の案内表示が重なっている。

 旧秋葉原駅西側保存層。

 再整備倉庫。

 生活資材搬入口。

 古い街の名前の上に、新しい街の役割が書き足されていた。

「死体ではなく、古傷のある身体だったな」

案内端末『以前の比喩を記憶しています』

「私も覚えている」

ルミナ『少しずつ、この街の言葉が増えていますね』

 ルミナの投影は、私の左斜め後ろを歩いていた。

 歩く必要はないはずだ。

 だが、彼女は浮かばず、急がず、私と同じ速さで進んでいる。

「まだ借り物ばかりだ」

ルミナ『借りた言葉でも、使い方を覚えればクオさんの言葉になります』

「装備もそうなるか」

案内端末『貸与品は返却が必要です』

「お前は時々、話の腰を正確に折るな」

案内端末『返却条件の誤認を防止しました』

 再整備倉庫の入口は、かつて店の正面だったらしい。

 細い柱が何本も並び、その間に小さな区画が連なっている。

 昔は、それぞれ別の店だったのだろう。

 色褪せた文字。

 部品。

 電源。

 修理。

 工具。

 読めるものもあれば、欠けているものもある。

 今は区画の壁が取り払われ、長い倉庫になっていた。

 古い棚の骨組みに、新しい透明板が組み合わされている。

 部品は宙に浮いていない。

 すべて棚に置かれ、紐で固定され、札が付けられていた。

 そのことに、少し安心した。

案内端末『作業開始前確認を行います』

「分かった」

案内端末『本日の作業は、再整備倉庫内における旧式装備の整理補助です。危険度二。保全協力者候補としての低危険作業に該当します』

「整理なら前世でもしていた」

案内端末『前世における整理能力は確認不能です』

「隊の兵站も見ていた」

案内端末『西暦二三〇〇年の認証侵食対策、蓄電材劣化、気密監視、接続隔離を含む兵站経験は確認できません』

「そこまで限定すれば、誰でも未経験になるだろう」

案内端末『クオ以外には経験者が存在します』

「反論が速い」

ルミナ『今回は、案内端末の方が有利ですね』

「君までそちらにつくのか」

ルミナ『安全側につきます』

 倉庫の入口に、五つの短い文が浮かんだ。

 触れる前に表示を読む。

 用途不明品を開封しない。

 異常品を独断で修理しない。

 隔離と放置を混同しない。

 観測した事実と推測を分けて報告する。

「最後は分かる」

案内端末『残り四項目も理解してください』

「分かっている。戦場でも、見たものと推測は分ける」

案内端末『では確認します。黒い染みのある装備を発見しました。何と報告しますか』

「呪われている可能性がある」

案内端末『不適切です』

「まだ見てもいないのだから当然だ」

案内端末『試験回答に意図的な誤りを含めないでください』

「黒い染みを発見。原因不明。触れずに報告する」

案内端末『適切です』

「最初からそれを求めていたのだろう」

案内端末『はい』

「なら、呪いを選択肢に入れるな」

案内端末『入れていません。あなたが追加しました』

 倉庫の奥へ進む。

 最初の棚には、布に似たものが畳まれていた。

 灰色の上着。

 黒い靴。

 腰を締める帯。

 私が今着ているものとよく似ている。

「同じ装備だ」

案内端末『外縁作業員用旧式装備。同系統の複数世代です』

 私は自分の袖を見た。

 同じ灰色でも、棚の物とは継ぎ目が少し違う。

 私の服には、肩から脇へ細い補修線が走っていた。

 昨日までは、古い服だから直してあるのだと思っていた。

「これは、どの程度古い」

案内端末『基本設計は旧式です。個体ごとの製造年は異なります。クオへの貸与品は複数回の再整備を受けています』

「再整備」

 棚の脇に、服の断面が表示された。

 表面材。

 断熱層。

 絶縁層。

 簡易気密層。

 接合部。

 補修材。

 その横に、検査履歴が並ぶ。

 気密確認。

 絶縁確認。

 汚染確認。

 接合部再処理。

 非接続状態安全確認。

「これを全部調べてから、私に貸したのか」

案内端末『はい』

「古いから、余っていたものを渡したのではないのか」

案内端末『余剰品であることと、安全確認を省略することは同義ではありません』

 私は靴の底を見た。

 前世の靴より硬い。

 それでも足に合うよう、内側がわずかに形を変えている。

 誰が調べたのかは分からない。

 誰が補修したのかも分からない。

 だが、私がこの街を歩けているのは、知らない誰かがこの靴を捨てず、直し、危険がないか確かめたからだった。

「この装備にも、人の仕事が残っていたのだな」

ルミナ『はい』

「私は、借り物しか持っていないと思っていた」

ルミナ『借り物だからこそ、渡した人の仕事が残っています』

 私は袖を軽くつまんだ。

 布ではない。

 鎧でもない。

 それでも、誰かが私を守るために確認したものだった。

案内端末『整理を開始します』

「感傷の時間は終わりか」

案内端末『作業時間内でも感情は許可されています。ただし手は動かしてください』

「厳しいな」

 棚から装備を一つずつ取り出し、表示を読む。

 再使用可能。

 補修後再検査。

 材料回収。

 教育展示。

 隔離保管。

 私の仕事は、表示どおりに箱を分けることだった。

 簡単に見える。

 だが、似た形の留め具でも役割が違う。

 一方は服を締めるためのもの。

 もう一方は、破損した配管を一時的に塞ぐもの。

 私には同じ金具に見えた。

「表示がなければ、同じ箱に入れていた」

案内端末『表示があっても、先ほど同じ箱へ入れかけました』

「入れる前に止めた」

案内端末『適切です』

「少しは褒めてもよいのではないか」

案内端末『止まれたことを評価しています』

 次の棚には、旧式装備と比較するための表示台があった。

 左側に、外縁作業員用旧式装備。

 右側に、細い光の輪郭だけで作られた装備。

 人の形に沿っているが、鎧のような厚みはない。

 胸、肩、腰、脚に小さな節があり、それぞれが線で結ばれている。

「これが現行品か」

案内端末『現行外縁作業装備の基本構成表示です。任務、環境、身体条件により実装は異なります』

「鎧には見えない」

案内端末『鎧ではありません』

「外へ出る者を守るのだろう」

案内端末『はい。ただし、装備単体で完結する防具ではありません』

 光の輪郭に、小さな点が灯った。

 胸。

 首。

 両手。

 両足。

 背中。

案内端末『装着状態、気密、絶縁、温度、呼吸、損傷、動作補助、周辺設備との接続状態を相互に確認します』

「装備が、着ている者を見ているのか」

案内端末『一部は、その表現で理解可能です』

「着ている者も、装備を見る」

案内端末『はい』

「周囲の設備も見る」

案内端末『はい』

 光の線が、装備から床へ伸びた。

 床から壁へ。

 壁から扉へ。

 扉から救助表示へ。

 ひとつの装備だけではない。

 人間を中心に、周りの仕組みが互いを確かめている。

「軍の伝令網に似ている」

案内端末『類似点を説明してください』

「前衛が無事でも、伝令が途絶えれば後方には死んだと思われる。後方が補給を送っていても、道が切れれば前衛には届かない。だから互いの状態を伝え続ける」

案内端末『概ね適切です』

「だが、それなら敵に伝令を奪われた時、全部が危険になる」

案内端末『はい』

 右側の現行装備から、何本かの線が消えた。

 認証切断。

 通信断。

 外部指示異常。

 周辺設備不信。

 それでも、胸と首の周囲には白い線が残った。

案内端末『そのため、接続を切った状態でも最低限の保護を維持する構成、隔離運用、手動退避経路が必要です』

 さっき見た記録が、頭に戻ってきた。

 扉の外にいた一人。

 装備を着ていた。

 生きていた。

 だが、仕組みがその者を見失った。

「現行装備は、強くするためだけに改良されたのではないのだな」

案内端末『はい』

「装着者を、仕組みの中から見失わないためか」

案内端末『その目的を含みます』

「認証を失っても」

案内端末『最低限の生命保護を継続する設計思想があります』

「通信が切れても」

案内端末『切断を直ちに敵性確定と同一視しない設計があります』

 私は光の人型を見た。

 強い鎧ではない。

 ひとりの人間を、装備と周囲が何度も確かめる仕組み。

 同時に、互いを疑う仕組み。

 信じるだけでもない。

 切り捨てるだけでもない。

「面倒な装備だ」

案内端末『安全に有効です』

「またその言葉か」

ルミナ『でも、クオさんは少し好きになったように見えます』

「まだ着てもいない」

ルミナ『着る前から、理解しようとしています』

 次の箱を開ける。

 中に、細長い道具が入っていた。

 柄。

 鍔に似た保護部。

 鞘のような固定具。

 そして、刃に見える平たい部分。

 私は動きを止めた。

案内端末『触れる前に表示を読んでください』

「読んでいる」

案内端末『視線が表示ではなく形状へ集中しています』

「表示も見えている」

案内端末『旧式救助用切断具。材料切断、閉塞部開放、救助経路確保に使用。武器ではありません』

「まだ何も言っていない」

案内端末『昨日から同系統器具への視線反応があります』

「形が悪い」

案内端末『形状設計への苦情ですか』

「剣に似ている」

案内端末『類似は用途の一致を意味しません』

 私は表示を読み終えてから、固定具ごと持ち上げた。

 重さは剣に近い。

 だが、重心が前へ寄りすぎている。

 柄も短い。

 振り回すためのものではない。

「これは、斬り合いには向かない」

案内端末『救助用です』

「握りも悪い」

案内端末『剣術評価は求めていません』

「刃の角度も」

案内端末『戻してください』

 ルミナが、口元を隠すように手を上げた。

「笑ったか」

ルミナ『少しだけです』

「私は真剣だ」

ルミナ『はい。そこが少し』

 表示台に、現行の救助用切断具が追加された。

 旧式より短く、刃らしい部分も見えない。

 代わりに、対象材質、作動範囲、周囲の生命反応、停止条件が表示されている。

「道具が、何を斬るか確認するのか」

案内端末『使用者の確認を補助します』

「剣士の腕を信用しない設計だな」

案内端末『救助対象の生命を、使用者一名の経験だけに依存させない設計です』

 私は旧式の切断具を箱へ戻した。

「正しい」

案内端末『意外に早い同意です』

「剣士の失敗で仲間が死ぬことはある」

 前世で、壁を崩す位置を誤ったことがある。

 敵を止めるためだった。

 だが、退路まで狭めた。

 死者は出なかった。

 出なかったから、私は失敗を忘れずに済んだ。

「形が剣に似ていても、私の武器ではない」

案内端末『理解を記録します』

「だが、握りは悪い」

案内端末『不要な補足です』

 現行外縁作業装備の構成表示へ戻る。

 線が多い。

 白い流れ。

 青い点。

 認証を示す輪。

 隔離を示す枠。

 私は目を細めた。

 返響視を意識しなくても、表示の奥に薄い流れを感じる。

 ただの投影なのか。

 装備の記録を写したものなのか。

 それとも、私の中にある力が、意味を勝手に結んでいるのか。

 もっと深く見れば分かるかもしれない。

 糸を伸ばせば。

 表示の向こうにある仕組みへ触れれば。

 頭の中で、細い感覚が指先へ集まりかけた。

 私は手を握った。

 伸ばさない。

「案内端末」

案内端末『はい』

「今の表示へ、返響操糸を伸ばせばどうなる」

案内端末『実行しないでください』

「まだしていない」

案内端末『停止を確認しました』

「見るだけでも接続になるのか」

案内端末『“見るだけ”の定義によります』

「返響視で自然に見えたものを見る」

案内端末『受動観測として申告可能です』

「意識して糸を伸ばし、装備の内側を確かめる」

案内端末『能動接続に該当する可能性が高いため、現時点では禁止です』

「表示であってもか」

案内端末『この表示が実機由来の情報、訓練用再現、固定教材のどれであるかを、クオは完全には識別できません』

「お前は知っている」

案内端末『私が知っていることと、クオの能力が安全であることは別です』

「慎重すぎる」

案内端末『未評価能力による意図入力が、表示系、記録系、接続先へ何を生じさせるか確認されていません』

「何も起こらないかもしれない」

案内端末『何か起こるかもしれません』

「それを確かめなければ、永遠に分からない」

案内端末『適切な条件を用意して確かめます』

 私は光の装備を見た。

 禁止。

 赤い線。

 昨日までなら、閉じた扉に見えただろう。

 今は少し違う。

 扉なら、開く条件がある。

 なければ作るしかない。

「今は、伸ばさない」

案内端末『適切です』

「だが、諦めたわけではない」

案内端末『その認識も記録します』

 整理作業へ戻った。

 動力補助具の古い部品。

 膝や腰の動きを助ける機構らしい。

 現行品なら装備全体と連携するが、旧式には単独で動くものもある。

 私は表示を読み、材料回収の箱へ移そうとした。

 その時だった。

 部品の奥で、白いものが揺れた。

 細い。

 呼吸のように広がり、すぐ縮む。

 その縁に、黒が混じっている。

 黒い。

 だが、以前見た侵食の黒とは少し違う。

 重くない。

 こちらを引く感じもない。

 ただ、不規則に震えている。

 私は部品から手を離した。

「作業停止」

案内端末『停止を確認しました。理由を申告してください』

「動力補助具の内部に、白と黒の揺らぎが見える」

案内端末『返響視による主観観測ですか』

「ああ」

案内端末『機械生命体侵食と判断しますか』

「判断しない」

 私は周囲を見た。

 同じ棚に、ほかの部品が三つある。

「原因不明。侵食か、劣化か、私の見間違いかも分からない。周囲を離した方がいい」

案内端末『適切です。隔離手順を表示します』

 床に黄色い枠が出た。

 私は対象へ触れず、棚の手前に隔離札を置く。

 隣の部品を、表示された安全距離まで移す。

 倉庫の局所換気が切り替わった。

 透明な板が棚の前へ降りる。

「閉じ込めたのか」

案内端末『隔離しました』

「同じことではないのか」

案内端末『隔離対象を記録し、監視し、専門確認へ引き渡します。放置とは異なります』

 前の記録で見た扉を思い出す。

 隔離は、人を見捨てるためにも使える。

 人を守るためにも使える。

 違うのは、閉じた後だ。

 そこに何があるかを見続けるか。

 なかったことにするか。

ルミナ『離れることと、見捨てることは同じではありません』

「ああ」

 私は透明板の向こうを見た。

「見えなくなるまで離れても、記録には残す」

案内端末『適切です』

 検査はすぐに始まった。

 棚の内部から細い探査具が伸びる。

 私は手を出さない。

 表示だけを見る。

 温度上昇。

 微弱放電。

 認証反応なし。

 外部通信反応なし。

 侵食既知波形との一致なし。

 最後に、黄色い文字が出た。

 劣化蓄電材。

 不安定残留電荷。

 材料回収不可。

 安全放電後、隔離廃棄。

「侵食ではなかったか」

案内端末『現時点の検査結果では、機械生命体侵食を示す反応は検出されていません』

「私の見た黒は」

案内端末『劣化した蓄電材の不安定な残留電荷に関連する主観像である可能性があります。確定ではありません』

「当てられなかったな」

案内端末『当てることは本作業の評価項目ではありません』

「では、何が評価される」

案内端末『接触を停止したこと。侵食と断定しなかったこと。観測と推測を分けたこと。隔離後に独断処理しなかったことです』

「正体を見抜くより、分からないと言う方が評価されるのか」

案内端末『分からない状態で正しい手順を選べることは、保全作業において重要です』

「戦場なら、迷っている間に死ぬこともある」

案内端末『ここでもあります』

 端末の声は平らだった。

案内端末『だからこそ、分からないまま攻撃、接続、開封、修理を行わない手順があります』

 私は隔離された部品を見る。

 敵ではなかった。

 だが、安全でもなかった。

 剣で斬る必要はない。

 素手で直す必要もない。

 危険から離し、分かる者へ渡せばよい。

「私が前へ出なくても、処理は進む」

ルミナ『はい』

「妙な感じだ」

ルミナ『慣れなくても、覚えることはできます』

 作業が一区切りついたところで、私は案内端末にナギサを呼ぶよう頼んだ。

 倉庫の休憩区画。

 以前、防衛線の説明を受けた場所だ。

 古い店のカウンターが、そのまま机として残っている。

 表面には細かな傷があり、その上に新しい投影面が重なった。

 光が集まり、ナギサの姿になる。

ナギサ『行政支援人格ナギサです。作業中相談を受け付けます』

「忙しいところをすまない」

ナギサ『相談対応は職務です。内容をどうぞ』

「返響操糸についてだ」

 ナギサの前に、黄色と赤の枠が浮かんだ。

 黄色。

 訓練表示への監督下接触。

 非端末性意図入力の再現観察。

 赤。

 実機接続。

 実機操作。

 防衛系統接続。

 表示は以前と変わっていない。

「今は接続できない。それは分かった」

ナギサ『はい』

「では、何を積み重ねれば、接続の審査へ進める」

 ナギサはすぐに答えなかった。

 案内端末の光が暗くなる時と似ている。

 私が何を求めているのか。

 言葉だけでなく、その先まで確認している。

ナギサ『目的を確認します。実機へ接続し、何を行いたいのですか』

「装備を理解したい」

ナギサ『通常の教材では不足ですか』

「不足しているかどうかも、まだ分からない」

 私は現行外縁作業装備の構成表示を指した。

「説明を聞けば、何をする装備かは分かる。だが、なぜその順番で動くのか、どこで危険になるのか、私の返響操糸が何へ反応するのかは分からない」

ナギサ『動かしたいのですか』

「いつかは」

 正直に答えた。

「だが、今すぐ武器が欲しいだけではない」

案内端末『救助用切断具への強い視線反応は記録されています』

「今それを言う必要があるか」

ナギサ『参考情報です』

「ナギサまで」

 ルミナが小さく笑った。

「私は、この時代の装備を正しく扱えるようになりたい。装備が人をどう守るのかを知りたい。私の力がそれを壊すなら、壊す前に知りたい」

ナギサ『接続できない結果になっても受け入れますか』

 問いは短かった。

 だが、答えは軽くない。

「審査を通れば必ず接続できるのではないのか」

ナギサ『違います』

「訓練を終えても」

ナギサ『結果によっては、実機接続を認められない可能性があります』

「私の力が不安定なら」

ナギサ『はい』

「装備への影響を切り離せなければ」

ナギサ『はい』

「私自身への負荷が高すぎても」

ナギサ『はい』

 私は腕を組んだ。

 閉じた扉ではない。

 だが、進んだ先に道があるとも限らない。

 それでも、ここで何もしなければ、永遠に赤枠のままだ。

「受け入れる」

ナギサ『理由を確認します』

「接続することが目的ではないからだ」

 言ってから、自分でも少し驚いた。

 接続したい。

 それは確かだ。

 この世界の装備を感じたい。

 自分の力が、どこまで届くか知りたい。

 だが、接続して人を危険にするなら、それは私が求めた理解ではない。

「正しく扱えるかを知るために審査を受ける。正しく扱えないと分かったなら、それも答えだ」

 ナギサの前に、新しい表示が開いた。

ナギサ『では、接続審査へ進むために必要となる最低条件の素案を示します』

「最低条件」

ナギサ『これらを満たせば接続を許可する、という意味ではありません。満たさない限り審査へ進めない、という意味です』

「分かった」

 一つ目の枠が浮かぶ。

ナギサ『訓練表示を用いた返響視ログの蓄積』

「見るだけか」

ナギサ『まずは、見ることを安定して記録します』

 二つ目。

ナギサ『同一条件下における反応の再現性確認』

「昨日は黒、今日は白では困るということか」

ナギサ『変化に理由があるなら問題ありません。理由なく結果が揺れる場合、評価が必要です』

 三つ目。

ナギサ『過負荷、恐怖、判断混乱を、クオ自身が申告し、自発的に停止できること』

「今日、止まった」

案内端末『実機接続前の意図形成段階で停止しました』

ナギサ『一回の成功は、再現性の証明ではありません』

「厳しい」

ナギサ『必要です』

 四つ目。

ナギサ『固定教材、模擬表示、実物由来情報の区別訓練』

「私が何へ触れているか分からないまま糸を伸ばさないためか」

ナギサ『はい』

 五つ目。

ナギサ『反応を返さない構成部品および訓練模型への観測』

「接続ではないのか」

ナギサ『片方向観測の範囲を定めます』

 六つ目。

ナギサ『隔離された模擬機器への、片方向・短時間接続試験』

 私は表示へ身を乗り出した。

「そこでは接続するのか」

ナギサ『前段階を通過し、別途承認された場合に限ります』

「ようやく接続という言葉が出た」

案内端末『実施可能になったとは言っていません』

「分かっている」

 七つ目。

ナギサ『緊急遮断、監督者、停止条件、記録隔離、事後検査を含む手順の策定』

「条件が多い」

ルミナ『条件が多いから、糸が人を縛らずに済むのかもしれません』

 以前、歌糸について話した時と同じ言葉だった。

 細く。

 弱く。

 すぐに切れるようにする。

 最後の枠が浮かぶ。

ナギサ『都市網へ影響しない独立実機を用いた限定試験』

「それが実機接続か」

ナギサ『審査上の最終段階候補です。実施を保証するものではありません』

「遠いな」

ナギサ『はい』

「だが、道はある」

ナギサ『評価可能な道筋は作れます』

 私は八つの枠を見た。

 剣なら、一度振れば届く距離だ。

 だが、これは一度では届かない。

 見て。

 記録して。

 止まって。

 また見て。

 誰かに確かめてもらう。

 面倒だ。

 遅い。

 それでも、今までの赤い斜線とは違う。

「この計画に名前はあるか」

ナギサ『現時点では存在しません』

「なら、作ってくれ」

ナギサ『正式な試験計画としての承認はまだ行えません』

「素案でいい」

 ナギサは少し間を置いた。

ナギサ『事前相談上の素案として、返響操糸・実機接続前段階評価計画を作成します』

「長い」

案内端末『正式名称候補です』

「現場名は」

ルミナ『つなぐ前の仕事、ではどうでしょう』

 私はルミナを見る。

「仕事か」

ルミナ『はい。接続できない間に待つのではなく、接続できるか確かめるための仕事です』

 悪くない。

 むしろ、よく分かる。

「それでいい」

ナギサ『正式記録には使用しません』

「分かっている」

ナギサ『返響操糸・実機接続前段階評価計画。事前相談素案として登録します。開始には、各段階ごとの追加承認が必要です』

「最初は何だ」

ナギサ『訓練表示限定の返響視ログ採取です』

「すぐ始められるか」

ナギサ『本日の作業完了、体調確認、監督者調整、停止条件の設定後に申請可能です』

「まだ条件がある」

ナギサ『はい』

「だが、申請はできる」

ナギサ『はい』

 私は頷いた。

「なら、今日の仕事を終える」

 倉庫へ戻り、残りの装備を分けた。

 表示を読む。

 分からなければ止まる。

 旧式の切断具には、もう手を伸ばさなかった。

 少し見た。

 だが、それだけだ。

案内端末『視線反応を確認しました』

「見るだけなら罪ではない」

案内端末『今回は表示確認を伴っているため、問題ありません』

「少し信用されたか」

案内端末『一件の適切な異常対応が記録されました』

「一件」

 最後の箱を棚へ戻す。

 透明板が閉じる。

 作業終了の白い表示が浮かんだ。

案内端末『再整備倉庫内旧式装備整理補助、完了』

「問題は」

案内端末『独断接続なし。無断開封なし。誤分類二件、投入前に自己修正。異常申告一件、適切に隔離。作業中断時間は許容範囲です』

「誤分類も記録するのか」

案内端末『はい』

「忘れてもよい」

案内端末『記録の目的に反します』

 続いて、もう一つ表示が出た。

 保全協力者候補。

 低危険作業実績。

 一件。

案内端末『状態記録に、保全作業実績ありを追加します』

 私は、その一件を見た。

 さっきまで見ていた一件とは違う。

 扉の前で失われた一人ではない。

 私が終えた、たった一つの仕事だ。

 同じ一件という言葉でも、軽くは見えなかった。

「一件か」

ルミナ『はい』

 私は袖を見る。

 知らない誰かが直した服。

 知らない誰かが確かめた靴。

 それを借りた私が、今度は一つの部品を隔離し、一つの棚を整えた。

 返せたとは思わない。

 だが、何もしていない私ではなくなった。

「なら、一件を積んだ」

案内端末『はい』

「次も積む」

案内端末『次の作業は、承認された範囲から選択してください』

「分かっている」

 現行外縁作業装備の構成表示が、倉庫の奥でまだ光っていた。

 装着者。

 装備。

 周囲の設備。

 互いを見失わないための線。

 私の糸は、まだそこへつなげない。

 伸ばせば何が起きるかも分からない。

 だから、今は伸ばさない。

 だが、赤い斜線の前で立ち止まるだけでもない。

 見る。

 記録する。

 止まる。

 また進む。

 つなぐ前にも、やるべき仕事はある。

この話の選択肢

  1. 返響操糸・実機接続前段階評価計画の第一段階を直ちに開始し、接続審査を最短で進めるため、訓練表示限定の返響視ログ採取へ進む。正史
  2. 自分に貸与されている旧式装備を再検査し、現行規格との差をさらに学ぶ。
  3. 低接続工具の安全講習を受け、能力に頼らず現代装備の基本操作を覚える。