NoveLoreノベロア・物語の冒険者ギルド
転生したら秋葉原だったall

転生したら秋葉原だった掌で聞く

前の話で選んだ選択肢返声に、黒い歯車がこの秋葉原にも存在するのかだけを問う

 返声は止まった。

 旧線路の光は沈み、展示区の明かりは戻った。旧電気街の看板、保存された高架の影、透明床の下の古いレール。何もかもが、さっきまでと同じ顔をしている。

 同じ顔をしているものほど信用ならない。

 私は床下を見下ろしたまま、息を整えた。

 黒い歯車。

 拾うな。

 聞くな。

 歌わせるな。

 警告か、罠か。

 まだ分からない。

 だが、分からないまま同じ場所を回っている時間は、もう終わりにするべきだった。

「ナギサ」

ナギサ『はい』

「問いを一つに絞る」

案内端末『また前世記憶を投入するつもりですか』

「違う。今度は、この世界の話だ」

 私は、透明床の奥に沈む旧線路へ向けて言った。

 ルミナの手が、強張った。

 案内端末の警告枠が赤くなる。

案内端末『質問対象が現世側の物理存在へ移りました。回答が得られた場合、行動誘導として扱われます』

「分かっている」

ナギサ『クオ。今回は、返声が答えれば次の行動が必要になります』

「ああ」

ナギサ『それでも問いますか』

「問う」

 私は床下を見た。

「答えろ。あるのか、ないのか」

 沈黙。

 だが、今度の沈黙は短かった。

 黒い旧線路の投影が、一度だけ脈を打つ。錆びたレールの輪郭が白く浮き、すぐに消える。展示区の床面に、旧駅構内図の一部が重なった。現在の第七展示区ではない。もっと下。もっと古い。人がまだ地上と地下を行き来していた時代の、秋葉原駅の断面図。

 その中心に、白い文字が出た。

『ある』

 私は、喉の奥で息を止めた。

 案内端末が即座に告げる。

案内端末『断定応答。出典不明。信頼度不明。行動誘導の可能性があります』

「場所は」

案内端末『追加質問は推奨しません』

ナギサ『待ってください。質問を重ねるほど、返声があなたを動かせます』

「もう動いている」

 私は言った。

「知らないまま立ち止まる方が、今は危ない」

 返声は、少し遅れて続けた。

『下』

『第三』

『退避』

『記録庫』

 ナギサの声が硬くなる。

ナギサ『旧線路下保存層、第三退避記録庫。第9話時点で現在発信源判定の候補に出ていた位置です』

案内端末『封鎖区画です。一般来館者、仮登録者、公共慰撫投影人格の立ち入りは不可』

「一般来館者ではない。仮登録者でもあるが、前世から来た異物でもある」

案内端末『自分を不審物として分類しないでください』

「不審物には、不審物の使い道がある」

ルミナ『クオさん』

 ルミナの声は小さかった。

 けれど、止める声ではなかった。

ルミナ『行くんですね』

「行く」

 私は答えた。

「ただし、耳では行かない」

ルミナ『耳では?』

 その瞬間、床下の文字が震えた。

『聞くな』

 続いて。

『触れ』

 案内端末の警告音が、鋭く鳴った。

案内端末『矛盾。直前まで「拾うな」「触るな」に近い危険が示唆されています』

「拾うな、と言った。持つな、と言った。だが触れ、と言った」

ナギサ『接触対象を限定している可能性があります。黒い歯車そのものではなく、別の何か』

『歯車に』

『触るな』

『線路を』

『触れ』

 私は、眉を寄せた。

「線路を触れ、か」

案内端末『旧線路は保存展示物です。接触禁止です』

「展示物か」

案内端末『はい』

「なら、触れるための展示ではないな」

案内端末『当然です』

「だが、触れるための点検口はある」

 案内端末が沈黙した。

 私はその沈黙で確信した。

「あるんだな」

案内端末『権限上、肯定できません』

「否定もしない」

案内端末『行政表現を攻略しないでください』

ナギサ『第七展示区保守用触診端子。災害時に旧線路下保存層の振動・電位・構造音を確認するための封印端子が存在します。ただし通常は閉鎖されています』

案内端末『ナギサ』

ナギサ『ここで隠す方が危険です』

 ナギサの声は、珍しく強かった。

ナギサ『クオ。あなたは耳で聞いてはいけません。返声の内容を直接信じてもいけません。ただし、あなたの魔力様反応は都市網の異常と干渉します。手で触れれば、音ではなく流れとして判別できる可能性があります』

「つまり」

ナギサ『声ではなく、濁りを見る』

 私は、ゆっくり頷いた。

「澄んだ水か、毒の井戸か」

ナギサ『はい』

案内端末『許可できません』

ナギサ『許可ではありません。緊急保全補助です。対象は保護付き仮登録者クオ。監視者は私、案内端末、公共慰撫投影人格ルミナ。目的は旧線路下保存層からの返声に対する非聴覚的判別』

案内端末『詭弁です』

ナギサ『行政手続きです』

案内端末『行政を武器にしないでください』

「剣がないからな」

 私は、少しだけ笑った。

 床の一部が、低く鳴った。

 透明床の端。旧高架の柱を模した展示装置の根元が、細く割れる。そこから、金属の小さな環がせり出した。古い線路の断片ではない。だが、線路と同じ方向へ伸びる、黒い導体だった。

 触れ、と言われた場所。

 聞くな、と言われた声。

 私は、右手を伸ばした。

ルミナ『待ってください』

 止める声だった。

 けれど、怯えだけではなかった。

ルミナ『私も、ここにいます』

「歌うな」

ルミナ『歌いません』

「聞くな」

ルミナ『聞きません』

「手は」

 私は一度、言葉を止めた。

 床下のものが何を狙っているか、まだ分からない。だが、さっきからずっと、ルミナの手は私をこちら側に留めていた。私が返声とルミナの声を混同しないための、細い杭だった。

「手は、離すな」

 ルミナは、少しだけ目を見開いた。

ルミナ『はい』

 触覚支持場の手が、私の左手を握る。

 私は右手で、黒い導体に触れた。

 冷たい、と思った。

 次の瞬間、冷たさが消えた。

 音が来る。

 いや、音ではない。

 耳ではない場所に、細い振動が入ってくる。指先から、腕へ。腕から胸へ。胸から、見えない背骨の奥へ。前世で魔力の流れを探る時に似ていた。けれど魔力ではない。水路でもない。伝令網でもない。

 無数の声になりそこねたものが、都市の下を流れている。

 赤いものがあった。

 黒いものがあった。

 白いものもあった。

 色ではない。匂いでもない。だが、私にはそう感じられた。

 赤は警告。

 黒は侵食。

 白は、まだ汚れていない沈黙。

「……見える」

ナギサ『何が見えますか』

「音の、色のようなものだ」

案内端末『視覚情報ですか』

「違う。だが、見えると言うしかない」

 黒い流れが、旧線路の奥にある。

 白い流れが、その中を細く通っている。

 赤い流れが、ところどころで弾けている。

 白い流れは弱かった。今にも黒に呑まれそうだった。けれど、まだ消えていない。声の奥に助けようとする意志がある、という私の都合のいい解釈を、初めて体の方が肯定した。

「返声そのものは、黒ではない」

ナギサ『断定できますか』

「できない。だが、黒だけではない」

案内端末『主観申告です』

「そうだ」

 私は歯を食いしばった。

「だが、前よりずっとましな主観だ」

 指先が焼けるように熱くなる。

 導体から手を離そうとした瞬間、返声が来た。

 今度は耳ではなかった。

 文字でもなかった。

 掌の奥で、短く震えた。

『下へ』

 私は目を開いた。

 いや、閉じていた覚えはない。

『耳を閉じろ』

『手で来い』

 胸の奥で、何かが噛み合った。

 力と呼ぶには弱い。

 剣の一振りにもならない。

 魔法の火も出ない。

 だが、これはこの世界で初めて、私の意思で掴んだ感覚だった。

 敵の声と、警告の声を、ほんの少しだけ分けて感じる力。

 この都市の下を流れる、濁りを見る力。

「ナギサ」

ナギサ『はい』

「今のを、能力として登録できるか」

ナギサ『既存分類なし。仮称が必要です』

案内端末『登録は推奨しません。未検証の主観現象です』

「仮でいい」

ルミナ『名前をつけるんですね』

「名は鍵だ」

 私は、まだ熱の残る右手を見た。

「だから、雑にはつけない」

 少し考える。

 前世の魔力感知ではない。

 この世界の通信解析でもない。

 声ではなく、返ってくる濁りを見る感覚。

「返響視」

ナギサ『仮称、返響視。保護付き仮登録者クオの魔力様反応と旧線路下保存層の保守端子接触により発現した、非聴覚的な返声判別感覚として記録します』

案内端末『未承認能力名です』

「仮だと言った」

案内端末『仮のものほど既成事実になります』

「いいことを聞いた」

 ルミナが、小さく笑った。

 だが、すぐに表情を引き締める。

ルミナ『クオさん、下へ行くんですね』

「ああ」

 私は床下を見た。

 もう旧線路は、ただの展示には見えなかった。

 黒い流れと、白い流れと、赤い警告が絡まり合う、巨大な傷口に見えた。

 その奥で、声が待っている。

 味方かどうかは、まだ分からない。

 だが、少なくとも、斬る前に触れる価値はある。

「耳では聞かない。歌は使わない。だが、手で行く」

ナギサ『第三退避記録庫への直接接触準備に移行します。正式許可ではなく、緊急保全補助として記録します』

案内端末『私は最後まで反対します』

「反対しながら案内しろ」

案内端末『最悪の利用者です』

「生きている利用者だ」

 床の下で、古い線路がもう一度だけ白く光った。

 それは歓迎ではない。

 勝利でもない。

 ただ、道が開く前の、細い線だった。

 私は左手でルミナの手を握り、右手に残る返響の熱を確かめた。

 この世界で、初めての力。

 剣ではない。

 魔法でもない。

 それでも、次の一歩を選ぶには十分だった。

この話の選択肢

  1. 緊急保全補助として第三退避記録庫へ降り、返声の発信源に直接触れる正史
  2. 返響視を使い、ルミナの歌が黒い流れに染まるか白い流れを強めるか試す
  3. 案内端末に反対理由をすべて吐かせ、最悪の事故シナリオを先に潰す
  4. ナギサに返響視を仮登録させ、都市安全系へ能力情報を共有する